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都市建築のステルス理論

 以下は都市建築のデザインを心理的な面から捉え、物理学的観点から解明してみせた理論です。これは以前建築関係の雑誌に発表され、専門家からも高い評価を受けたものであり、実際もしこの理論が広く普及したとするならば、それだけで日本の都市の光景を一変させる可能性を秘めているのではないかと考えられています。しかし発表の際には、雑誌の発行部数が少なかったこともあり、ここであらためて広く公開したいと思います。なお、この理論が思想的に例の「碁石理論」に基づいていることはおわかりでしょう。(長沼)
(初出・JIAニュース94年9月号〜10月号)

 都市建築のデザインとステルス技術

                               長沼伸一郎

 本稿は、現代の過密都市の中で建築や街の形状が人間の感覚に与えている閉塞感を減らすことを目的として始まった研究であり、そのデザインを考える際に、最近有名になったいわゆる「ステルス技術」、すなわち航空機や艦艇がいかにしてレーダーに捉えられることを防ぐかという技術の応用が可能となるのではないかということに関する議論である。
 多くの場合、物理学の出身者は建築のデザインなどというものに興味をもたない。そして例えば環境問題などに取り組む際にも、その関心はもっと物理的な、大気の汚染指数や人口と食糧に関する数値など改善の方に向けられがちであり、デザインなどというものは芸術家に任せておくべきものとして放置する傾向がある。
 しかし今日、環境問題の本質が実は経済問題にあり、資本主義経済の成長の宿命がどうしてもそこにからんでくることは、多くの人々が知っていることである。成長の宿命それ自体は経済のシステム面からくるものであるが、その一方でそこに生きる人々もいつの間にかそれに適した精神的体質に変化していってしまうものである。
 そしてその際に人間精神に与えるデザインの影響というものは極めて大きなものであり、例えば壁ばかりでなく床も天井も白一色のコンクリートの立方体の部屋の中に閉じ込められた人と、ドイツの田舎町などの落ち着いた緑の多い場所に住む人の消費行動に差が出ないとは考えにくい。前者はその閉塞感ゆえに、大音量で激しいリズムの音楽を常にかけていなければ神経がもたないだろうし、それは必然的に過剰なまでの消費行動を加速するものである。
 その点において建築デザインが経済や地球環境に与える間接的影響というものは、純粋に物理的な要因が与える直接的影響と比較しても決して無視できないものがある。


1.幾何学的なステルス技術


基本的なステルス技術の応用
 現代の日本の都市や住居環境というものは、奇妙なことにわざわざ金をかけて新しく建て換えを行うごとに、その外見はどこか「清潔なスラム街」と化していく傾向があり、本物のスラム街と比べてさえ狭苦しくて窒息しそうな閉塞感を感じさせるものである。実際古くからあった家が取り壊されて新しい住宅が建ち、庭や空き地が駐車場に化けると、今までそれなりに広く感じていた町が急に狭くなったように感じられて圧迫感を覚えることが多い。
 これは私の住んでいる周囲でも見られることであり、最もひどい建築物の例というのは、例えば最近の白っぽい2階建ての安アパートであり、隣にブロック塀で囲われた小さいコンクリートの駐車場でもついていれば完璧である。
 そういうふうになってしまった場所を歩きまわってその元凶が一体どこにあるのかを探り、もっと具体的な例としては、そのコンクリートの駐車場が、以前に単なる空き地であった時に比べてどうしてこうも圧迫感を与えるのかを注意深く見てみると、一つの興味深い事実に気づく。すなわちそれがステルス技術において要求されているものに非常に似ているのである。
 ステルス技術すなわち航空機や艦艇がレーダーに映らないようにするための技術というものは、本格的に採用されるようになったのは最近のことであるが、発想そのものは比較的古くから知られていた。そしてその一番基礎的なものは「コーナー・リフレクター」と呼ばれる概念である。そこでこれについて少し述べてみよう。
 この最も基本的なステルス技術の要点は、一言で言えば「直角の隅の追放」ということである。レーダーとは電磁波の反射を捉える装置であるが、レーダーが用いる(波長が短い)電磁波というものは基本的に光と同一の性質を持っているため、レーダーの電波は光と同様の直進や反射を行う。(そのため以下の話は鏡と光を使って行った場合でも変わらない。)そしてこの場合、物体が直角の隅の部分をもっていると相手側のレーダーに極めて鮮明に映ってしまいやすいのである。
 さてそれならなぜレーダーにとって直角の部分がそんなに問題となってしまうのだろうか。それは次の図を見るとよくわかる。図のように電磁波が直角領域に入射してくる状態を考えよう。この場合、入射してきた電磁波のビームがまずA点に当たると、入射角と反射角が等しくなるように反射されるため、図のように反射されて次にB点に当たる。
 そしてB点で再び入射角と反射角が等しくなるように反射されるため、ビームが出ていく角度は最初に入ってきたコースに平行になる。結局2回反射された後ではビームは必ず元と同じ角度に帰っていくように反射されてしまい、これは最初にどんな角度でビームが入ってきても同じことである。

                  図1
 これを簡単に実験してみたければ、鏡を2枚用意してそれを直角に組み合わせ、直接覗き込んでみるとよい。すると2枚の境目の線に必ず自分の瞳が映っているのがわかるだろう。
 レーダーの場合について言えば、これはそういう直角の隅を持つ部分に電波を当てると、それが全反射されて戻ってきてしまうことに相当する。つまり距離が遠くて本来なら微弱な反射しか得られない場合でも、こういう部分に電波が当たるとスクリーンに非常に鮮明に映ってしまうことを意味するわけである。そのため艦艇などでは、下の図の左側のAのような直角な船体を避け、右側のBのように角度をつけてやると、レーダーの反射を大幅に減らしてやることが可能になる。この直角による反射を「コーナー・リフレクター」という。

                   図2
 さてこの「直角による反射とその追放」ということが、現代の都市環境のデザインの上にどう関連してくるのだろうか。それは先に述べた安アパートや駐車場などを実際に見てみるとよくわかる。実はそのコンクリートの閉塞感を作り出す元凶が多分にこの点に起因しているのである。こういう場所というのはしばしば直角の隅の部分を実に無神経にむき出しのまま放置しているのであり、駐車場ができる前の空き地の状態にはこうした白いコンクリート壁の直角部分が存在しなかった。どうやらこのために、面積は同じでも空き地と駐車場の閉塞感の違いが生まれるものと見られる。
 一般にも、直角になっている部屋の隅には何か物を置くというのは建築などにおける一つの常識となっており、「直角」というものが人間の感覚にとって何か特別なものであるらしいと推測される。そしてこの点でまさしくレーダーそのものの機能との比較ができるようになる。
 つまり人間が白一色の立方体の部屋に閉じ込められた時に感じる閉塞感・圧迫感というものは、あたかもレーダーの電波のように発射された人間の「意識の視線」とでも呼ぶべきものが、どこにも逃げ道がなく戻ってきてしまった時に感じる感覚なのではないかということである。そしてその人間が発射する仮想的な「意識の視線」が光や電磁波と同じ性質をもつと仮定するならば、必然的に直角の隅の部分はそれを全反射してしまうため大きな閉塞感を与えることになる。


実際のステルス技術の例との比較
 しかしもし本当にそうだとするならば、逆に現実のレーダーのためのステルス技術において、レーダーの反射を減少させるよう工夫されたデザインは、人間の目が見たときにやはり閉塞感・圧迫感の少ない形になっているはずだという理屈になってしまうが、本当にそうなのだろうか。
 実はそれを実証するのは非常に難しい。なぜならステルス航空機の場合、後に述べる理由の他にも、その根本的なデザインが通常の航空機とひどく違ったものになっているため、比較が困難だからである。
 これに関してはむしろ艦艇のステルス技術のほうが比較的はっきりしているようである。そしてこの場合、できることならその実例は、設計途中でこの目的のために急遽設計を変更したという、いささか泥縄的なステルス技術の例があれば極めて望ましい。変更前と変更後の設計図の比較が非常に鮮やかにできるからである。
 そして実際にそういう珍しい例が一つ存在するのであり、興味深いのでそれを示してみよう。実は少々意外に感じられるが、太平洋戦争末期にレーダー技術で米側に立ち遅れた日本海軍がいささか苦しまぎれにこの技術を用いていたのである。それは潜水艦の設計に関するもので、浮上中にレーダーに探知されるのを防ぐため、潜水艦の司令塔のデザインを設計途中で変更したというものであり、下に示した図がそれである。

                  図3
 この司令塔部分のデザインは直角の追放という原則に基づくものであり、レーダー反射を最小にするよう工夫されている。これは実際にはそれほど大きな効果を上げることはできなかったようだが、もともと艦艇のステルス技術というものはそれほど決定的な効果を期待されたものではない。
 しかしこの司令塔部分を一つの建築物と考えて眺めてみるとどうだろう。例えば隣の空き地にこういう格好をしたコンクリートの建造物が建つことを想定した場合、変更前のもののほうがどこか狭苦しい閉塞感を感じさせるのではないだろうか。少なくともこれを見る限りでは、レーダーに対するステルス技術が人間の感覚にもある程度の影響を及ぼし、閉塞感を軽減する作用があると想定してもそれほど見当外れではなさそうである。                       


建築物のコーナー・リフレクター
 この考えに基づいて、ステルス技術についてもう少し詳しく検討してみることにしよう。まず最初に先ほどから述べている「コーナー・リフレクター」についてであるが、これを避ける第一の方法は前に述べたように角度を90度以外のものにすることである。これは鋭角でも鈍角でも構わない。とにかく直角でさえなければ図のように入射してきたビームとは異なる角度に反射されるのだから、コーナー・リフレクターは回避される。

                  図4
 レーダーのステルス技術の場合、一般にビームは無限遠から来る、つまり相手側のレーダーの送受信アンテナが無限遠にあるとものとして考えるのが普通である。しかし建築物にこれを応用する場合、先ほどの仮定によれば人間の目の位置が送受信アンテナの位置に相当し、ビームの発射および受信がその位置で行われると想定されるため、この点でレーダーの場合と少し異なる局面が出て来ることになる。
 つまりたとえ壁が直角であったとしても、壁から目までの距離が有限であるため、例えば次の図のA点に目があったとしたとき、B点に向けて発射されたビームは確かに同じ角度に反射され、入射したビームと平行のコースで戻っていくが、位置が大きくずれるためA点の近くには戻ってこない。

                  図5
 目がどのぐらいの大きさの「パラボラ・アンテナ」を広げてビームを「受信」できるのかはわからないが、とにかくA点にある目がコーナー・リフレクターを捉えることができるのは、図のC点のように問題の隅の部分に極めて接近した部分に向けて送り出されたビームによるものだけなのであり、こういうビームだけがA点にある目の位置の近くに戻ってくるのである。
 つまり有限距離の場合は、単に角度を90度からずらすステルス技術以外にも、次のような方法が考えられることになる。それは例えば次の図の左のように、直角部分のうち実際にビームを反射してくる範囲で壁をもち上げるなどして隙間を作ってやり、問題のビームを壁の向こうに逃がしてやることである。また別の方法として、右の図のようにその範囲に何かビームを反射しにくいものを置いてやって、直角部分の反射を吸収してしまうということも考えられる。

                  図6
 後者の場合、その「ビームを吸収する物体」が具体的に何であるのかは、多分に人間の心理が決める問題であるため、きちんとした定義をすることは難しい。しかし身近なところで最も適当な例を見つけるとするなら、容易に検討がつくようにそれは植物の緑だということになるだろう。実際、垂直な壁や塀であっても、下の部分に雑草が生えているだけで、圧迫感はかなり減少するものである。


吸気ダクトと道路の問題
 さてステルス技術の基本として直角の隅の追放ということと並んでよく使われるものが、「楔形領域による吸収」である。これは次の図のように楔形の穴にレーダーの電波を入れてやると、壁面の両側で何度も反射が繰り返される格好になるため、その都度少しずつ壁面に吸収されて、ごく僅かの量しか反射されないというものである。

                  図7
 こういう楔形は音響の分野で無反響室を作る際などにも用いられているが、要は戻ってくるまでの反射の回数を増やしてやればよい。現在のステルス技術の場合、これは例えば航空機の板の継ぎ目を、直線ではなくぎざぎざに切ってやることにより、その楔形一個一個の効果で継ぎ目による反射を減らすことなどに用いられている。しかし反射回数を増やすことがその眼目であるという点からすれば、そのバリエーションである次のような例のほうが、われわれにとって大きな関心がある。
 それはジェットエンジンの吸気ダクトに関するステルス技術である。ジェットエンジンの場合、そのタービンがステルス性のうえでの大きな問題児であり、回転するタービンのブレードというものがレーダーの電波を非常に反射しやすいのである。
 しかしジェットエンジンというものは前方から効果的に大量の空気を取り入れてやらなければ出力を出すことができず、そのためタービンの前に何か物を置いたりしたのでは空気の流れを阻害してしまう。実際旅客機などのエンジンを見てもわかるように、タービンはエンジン・ポッドの一番前に置かれ、外からはっきり見えるところで回転している。つまり電波を反射しやすいものを空気も電波も入ってきやすい場所にむき出しで置かねばならないという難題がそこにある。
 そこでステルス機の設計ではジェットエンジンの吸気ダクトを次のように曲げてやるのが普通である。つまり入ってきた電波がタービンのブレードに当たってもう一度出て来るまでに何度もダクト壁面にぶつかるようにしてやることで、かなり反射を減らすことができるというわけである。
                  図8
 無論ダクトを曲げることによってある程度気流のロスが出ることは避けられないが、その空気の流れのロスを最小にしながらレーダー反射を極小化するには最も良い方法であるため、ステルス機はどうしてもこれを採用せざるを得ないのである。
 この方法はわれわれにとっても大きな応用価値があり、それは道路に関する問題である。例えば都市などの場合、狭い面積の町の奥行きを大きく感じさせるためには、その道路を先ほどのダクトのように湾曲させてやると、「意識の視線」の反射回数を増やせるのではないかというわけである。
                  図9
 われわれの場合、別にタービンのブレードのような特定の難物があるわけではないが、しかし吸気ダクトの問題とは一つの共通点があり、それはダクトが空気の流れをむやみに阻害できないのと同様、道路というものが本質的に人や車の流れを阻害できないことである。そのためどちらもステルス性を考慮に入れ始めるとある程度の流れのロスを見込まざるを得ない。つまりステルス機の設計が矛盾する空気の流れとステルス性の間での極大化の計算を行わねばならなかったように、道路の設計にもそういう一種の極大化計算が必要となるだろう。


T字路の問題
 道路の形態を論じるとなると、他にもいくつかの手法が考えられる。まず以前の方法と組み合わせたやり方として、例えばT字路を90度ではなく少し角度をつけてやるのである。そうすると、図の位置に送受信アンテナを置いてやった場合、電波や「意識の視線」はかなりの割合が矢印の方向に逃げたまま返ってこなくなる。
                  図10
 これはT字路の道路の形態ばかりでなく、その位置に置かれた建物の向きについても言えることである。例えばT字路の突き当たりの位置に建っている四角い建物は、その壁面が道路に対して垂直であるよりは、少し角度をつけてやったほうが、反射を減らしてやることができる。
                  図11
 ただしこの場合、建物の角度を斜めにすることで、どうしても敷地に空白部分が生まれてその建物の容積は減少してしまう。そのため、容積とステルス性の極大化を図るための技法というものが将来何らかの形で確立される必要が出て来るだろう。
 反射回数を増やすことで吸収を狙う手法というのは、もう少し小さな部分に対しても応用可能である。これはむしろ先ほどの楔形領域による吸収の延長線上に位置する発想であるが、例えば屋根のひさしのような部分に関して、図の左のAを右のBのように変更し、前面に上から垂れ下がるような格好で板を取り付けてやることで反射回数を増やしてやることができる。
                  図12
 そしてその板の下端に、前に述べてやったような技法をつけ加えて楔形に切れ目を入れてやれば、効果はさらに大きくなる。
 ここで述べたような、反射回数を増やす技法というものは、ヨーロッパよりもむしろイスラム建築などに昔から多く見られるものである。宮殿やモスクの設計はもちろんだが、迷路のように入り組んだ路地などというものにも吸気ダクトと同様の効果が見られるように思われる。それがどの程度ステルス性の配慮に基づいたものであるかはわからず、また定量化されたものでもないようだが、そこは建築におけるステルス技術の宝庫であり、われわれが参考とするに値するものが多く見受けられる。  2.波動性を利用したステルス技術


電波吸収塗料の考え方
 さて今まではもっぱら電磁波の幾何学的な反射を応用したステルス技術の話だったが、実際のステルス技術ではもう一つ、電磁波の波動性を応用したものが大きな部分を占めている。
 例えばその最も大きな例は、「電磁波吸収塗料」の考えである。これは、波の干渉を応用したものであり、レーダーの電磁波が塗料の表面にぶつかったとき、表面でその半分だけを反射させ、残りの半分は塗料の内部にまで浸透を許すようにしてやる。そして後者はその波長の1/4の長さだけ浸透させた後で反射させてやれば、戻っていく半分づつの電磁波はそれぞれの山と谷が重なって打ち消し合い、レーダーは電波の反射を捉えることはできなくなる。これはレーダーの電波がこの塗料で吸収されてしまったのだと言い替えてもよい。
                  図13
 しかしながらこの方法では塗料の「厚み」は必ず、吸収しようとする電波の波長の1/4の値に設定されていなければならないため、本質的にこの方式では1種類の波長の電波しか吸収できない。つまりレーダー側が違う波長の電波を使用していた場合には(実際には多少は吸収できるのだが)役に立たなくなってしまうわけであり、実際のステルス技術においてはさほど有効なものであるとは考えられていない。


列柱による減衰
 そこでこれについては後にもう一度述べるとして、ここではむしろ波動性という新しい局面が導入されたことでどんなことが考えられるようになるかについて、先に少し論じてみることにしよう。ただし以下の議論ではレーダーの完全なアナロジーからは少々逸脱するため、厳密には現存するステルス技術の応用とは言えなくなってくる部分があることを了承されたい。
 今までのような反射に注目するモデルでは、ビームが自分の位置にどう戻ってくるかということが重要だった。しかし波動モデルでは「減衰」ということがこれよりも遥かに大きな意味をもつようになる。
 まず一番簡単で基礎的なものとして考えられるのは次のような例である。一般的に白い壁や塀というものは、ステルス性の観点からすれば反射が大きいため望ましくないわけだが、ここでその塀の前にずらりと柱を並べて列柱を作ってやると、感覚的に見て塀の圧迫感は大幅に減少するものである。
 これは以前のように幾何学的な観点から、視線が列柱によって乱反射するのだと考えることも一応可能ではあるが、波動としての観点を前面に出した場合、意識の視線が仮想的な波として整然と進むうちに、こういう列柱によって波が進路を乱されて減衰するという考え方も可能になる。

                  図14
 つまり幾何学的観点によるモデルと波動的観点によるモデルのどちらの説明をとってもよいということなのだが、後に述べるいろいろな理由で、幾何学的な反射だけで視覚と意識のステルス性を説明することは困難になってしまうのである。つまり建築のステルス性については、幾何学的に反射を減らすという、これまで論じてきた方法に加え、壁面の周辺で波をいかに減衰させるかという観点をもう一つ導入しようというわけであり、これら二つの原則を場合によって組み合わせていこうというのである。
 さて壁の反射を減らすためには、列柱を前に立てることの他にも、壁面に縦の溝をつけるなどして凹凸をつけてやるという方法も考えられる。このようにすると、例えば図のような向きで波が入ってきたときなどに、波は散乱によって減衰する。

                  図15
 ところでこれらのことを見て想像がつくのは、全般的に言ってでこぼこしたデザインの方がつるりとしたデザインよりも望ましいということであり、後者の路線で単に幾何学的に反射を減らしてもそれは効果が薄そうだということである。
 なお前の節で、ステルス航空機の外観は(艦艇の場合に比べて)視覚的に閉塞感の有無に影響しにくいという困難があると述べたが、それは実はこの点に起因する。つまりわれわれの場合、波動を乱してそれを減衰させやすいデザインであることが非常に重要になってくるのだが、航空機の場合はステルス性デザインの問題以前に、まず空力的デザインの観点から空気の流れを無闇に乱さないものであることが要求されてしまうため、それはわれわれが求めるようなデザインにはなりにくいのである。
 このように、幾何学的な反射を考えるだけではステルス性の議論ができにくいというわけだが、次にこの点をもっと統一的な観点から深く掘り下げてみよう。


波長の概念の導入
 ここで次のような「開けた」風景を頭の中に思い浮かべてみよう。それは完全に平坦で凹凸の全くない地表が地平線まで広がっており、その上に広がる空にも雲や星などが一切存在しないという光景である。つまり絵に描こうとすれば地平線を境に2色の絵の具をベタ塗りする以外描きようがないという状況である。
 反射という点からこの状況を考えてみると、本来これ以上反射の少ない状況を考えることは難しいはずだろう。ところが意外にもこういう全く対象物のない平坦な光景の中では、人間はそれほど広々とした感じを受けないものなのである。むしろ地表が多少でこぼこしていて遠くに山や建造物があったり、空に多少のちぎれ雲が出ていたりした方が、遥かに風景に広がり感が出て来る。本当ならそうなることで反射は増えてしまっているはずなのにである。
 つまりこの点で、反射をもとに閉塞感を説明するモデルはどうしても一つの限界に突き当たってしまうことになる。しかしここで波動の性質をもとにしたモデルを導入すると、この矛盾を解消して最もスムーズに論理を組み立てていくことが可能になる。具体的には、ここで波の波長の概念を導入するのである。
 物理学の常識から言うと、波の波長が長かったり短かかったりすることには一般的に次のような性質がついて回る。まず第一に、大体において波長が短いほど、その波が長い距離を進む間の減衰は大きくなる傾向がある。大気の中を太陽光線が通過するとき、波長の短い紫外線や青系統の成分から先に大気によって散乱され、波長の長い赤系統や赤外線だけが減衰せずに通過してくるというのは、その一例である。
 また、もう一つの性質として、一般的に光や電波を使って物を「見よう」とするとき、見ようとする物体が小さければ小さいほど、その際に使用される波長は短いものが要求されるということが挙げられる。レーダーの電波も、(アンテナのサイズが同じ場合)波長が長いと分解能が低くなり、小さな目標の輪郭をスクリーンの上にシャープに描き出すことが難しくなる。

                   図16
 表現を換えると、例えばもし生物が視覚器官のかわりにレーダーを備えて生まれてきていると仮定したならば、小さな物体を見ようとするときには、ちょうど目を細めるような感覚で、自分がその際に発射する電波の波長を短くしていく本能を身に着けていることだろう。そしてわれわれの場合、以前に出てきた「意識の視線」なるものの実体がそういう波であると考えるわけである。
 要するにここで波長の概念を導入した意味は次の点にある。視野の中に目標物が全くない完全に平坦で滑らかな地平線を目にしたときには、見るべき物体が何もないので、「意識の視線」の波長は極めて長いもので構わないことになる。そのためその仮想的な波はそういう非常に長い距離を進んでいっても僅かしか減衰しない。
 ところがここで地平線の彼方に山や建造物があってそれが視野に入ってくると、それを見るために人間は無意識に「目を細め」、意識の視線の波長は突然短くなる。そうなると仮想的な波の減衰が大きくなるため、距離が同じでも波は微弱なものとなって人間はそれを遠く感じ、意識の上で広がり感が出て来るという寸法である。

                  図17
 これは一見するとややあやふやな推論のようにも見えるが、様々な点から検討していくと割合に妥当な形でモデルが作れるのである。


波長はどう決定されるか
 それならば、その仮想的な波長を決めているものは何なのだろうか。先ほどこの概念の出発点を、地平線に見える山や建造物などの対象物の大きさに置いたことからして、それをあらためて明確に言えば次のようになる。つまり

・人間はその視野に入ったものの中で一番注意を引くものを第一目標物として無意識に選び出し、その大きさに合わせて「意識の視線」の波長を決めているのではないか。

ということである。
 そうなると必然的に次のことが理論的に導かれることになる。すなわち視野の中で一番目立つもののサイズがなるたけ小さいほうが、意識の視線の波長が短くなり、距離による減衰を大きくしてステルス効率を高めることができるはずだというわけである。
 このことを頭に置いて現代の東京の住宅地をビルの上から眺めてみると、一つのことに気づく。それは小さな家や建物がそれぞれてんでに小さな自己主張をしており、上から見ると例えば屋根の色などが極めてばらばらになっているということである。
 これがきれいか汚いかという問題はとりあえず脇へ置くとして、われわれにとって重要なのは次の点である。例えばヨーロッパの田舎町などは家屋の形状や屋根の色がほとんど同じであるため、その町の遠景を視野に入れたとき、比較的小さな教会などの建造物が非常に目立って注意を引く目標物になるのである。日本の場合でも、江戸期の町並みの模型や絵を見ると、例えば火の見櫓などの小さな建造物が無意識のうちに目に入ってくる。京都の場合ならば五重塔などがそれだろう。
 こういう教会のような第一目標物がある場合とない場合では、明らかにあった場合のほうが町の風景は広く感じられる。ところが現在の東京のような環境では、その程度の大きさの目標物では周囲の建物の自己主張の喧騒に埋もれて、全然目立たなくなってしまうのである。
 そのためもっと遥かに大きなビルのような建造物でない限りは、ライバルのノイズを圧倒して第一に注意を引く目標物とはなり得ないことになる。つまりこのためどうしても波長は大きくならざるを得ず、波の減衰が少なくなってステルス効率は悪くなるのである。
 仮にそのようにして特定の第一目標物というものが消失すると、いくら小さな建物がそれぞれに自己主張をしたとしても、その都市を上空から見た状態は、ちょうど何色もの色つきの砂利を敷き詰めた庭のようにしか見えなくなってしまう。そうなると、その庭全体のサイズが「第一目標物」となって波長を決定してしまうのである。それだけ波長が長くなってしまうと、もはやそれぞれの建物がもつ凹凸は、ただ都市の地表で波を多少乱反射させるだけの役にしか立たないだろう。


集合効果によるノイズの突破
 さてこのような現象、つまり多数の建物が小さな自己主張を始めて通常のサイズの目標物がそのノイズに埋没してしまい、仮想的な波の波長が大きくなってステルス効率が低下してしまうという問題に対しては、どんな解決策が考えられるだろうか。
 これは自由と金銭という以外に何の合言葉も持たない社会にあっては、商業的発展に伴って発生するほとんど不可避的な現象であり、現代の東京のことを考えると、その解決がいかに難しいものであるかは容易に想像がつく。しかし完全な解決はひとまず断念するとして、それを多少なりとも緩和させるにはどのような方法が有効なのかについて、このモデルからの推論を行ってみよう。
 要は巨大なビルほどのサイズの大きな物体でなければ、周囲のノイズに打ち勝って波長を決定する第一目標物の資格を得ることができないという点が問題だったわけである。それならば、そういうサイズの大きい建造物の形状を、単純な白い直方体にはせず、小さいいくつかの部分の集合体にするなどして、表面をもっと小さい面積のいくつかの部分に分割してやったらどうだろうかということである。そうすれば、その分割された小さい領域のサイズで波長を決定できるだろう。

                  図18
 これは逆に言えば次のように言い替えることもできる。つまりその小さい領域1個分のサイズの物体では、本来ならば単体ではノイズに打ち勝って第一目標物になることはできないのだが、それらを集合させて1個の大きい建造物にしてやることで、全体として視野の中で最も注意を引く第一目標物の資格をもたせ、そうやって集合効果でノイズを突破した後で、今度は小さな領域1個1個のサイズで波長を短いものに設定してしまうというアイデアである。
 ただしこの場合でも、分割のサイズを調子に乗ってあまり小さくしてしまうと、恐らくその効果はある時点で消滅してしまうだろう。ある値よりも小さくなると、もうそれは大きな壁面の表面の模様としか認識されなくなり、白一面だった時と同じ状態に戻って、壁面全体のサイズが波長を決定してしまうからである。


共鳴効果によるノイズの突破
 さてこういう具合に一種の錯覚を利用して波長を短くし、ステルス効率を上げるということには別の方法も考えられる。それは比較的小さい物体でも間隔を置いて規則的に並べられていると、注意を引きつけ易いという性質を利用したものである。
 つまりノイズだらけのごちゃごちゃした町に、ビルほどは巨大でない、教会サイズの特殊な形状の建造物を、間隔を置いて規則的に並べてしまうのである。

                  図19
 このようにすると、この建造物の列はノイズの中でもかなりの程度浮かび上がって見えるものである。そして1個1個のサイズは小さいのだから、これが第一目標物となることで波長を短く設定することができる。
 これは前の方法とは異なり、小さい目標物を一か所に集めてその集合効果でノイズに打ち勝つというのではなく、むしろそれらを規則的に分散させることでちょうど共鳴効果の要領でノイズを突破して第一目標物の資格を得るというものである。(イスラム建築で、モスクの周囲に立てられた4本のミナレットなどというものは、この効果が大きいようである。)こちらの方が前のものより計画性が要求されるが、その分まとまった敷地がなくても実行できる利点がある。
 他にも波長を短くするための方法というものは考えられるだろうが、いずれの方法も増大を続ける周囲のノイズとそれを突破しようとする第一目標物との間での果てしないいたちごっこの様相を呈するのはやむを得ないことだろう。また、距離の違いによって見え方が非常に違って来るため、それに応じた配慮も必要である。
 注)この共鳴効果の考えを導入してみると、ローマの水道橋のように、アーチを多数等間隔で並べた建造物は、非常にステルス効率が良いことがわかる。つまり一個だけをとってみても、アーチはその下に立った場合、直角部分をもつ構造に比べてコーナー・リフレクターが少ない。そしてそれが多数等間隔で並べてあれば、共鳴効果の分だけを効率良く引き出すことができるからである。
 この原理が判明したとなれば、必ずしもアーチに限らず、同様の効果を期待できる形状として、いくつかのバリエーションを考えることは十分可能であろう。


干渉による吸収
 さて波の波長という概念が導入できたのだから、ここでその他の応用をいろいろと考えてみよう。まず先ほど紹介した「電波吸収塗料」つまり干渉による吸収の概念の応用についてである。このステルス技術では、波を半分だけ反射してその位相を半波長だけずらして重ねてやるというのが基本原理だったわけだが、ではわれわれの場合これに相当する材料を探すとすれば何だろうか。
 例えばコンクリートで壁面を固められた大きな直方体状の穴や空濠などは、駐車場のブロック塀と同様、ステルス性という観点からは反射が多くて望ましくない形状である。実際それが広さの割には、それを見下ろす人に閉塞感を与える性格をもつことは明らかだろう。ところがそこに水を張ると、それだけでその閉塞感は激減するものである。
 これは電波吸収塗料の作用と同等に考えられはしないだろうか。つまり意識の視線は水面で半分が反射され、残りの半分は水面を透過して濠の底で反射されて戻って来る。このため干渉によって波が打ち消し合い、ステルス効果をもつのではないかという理屈である。

                  図20
 これは水面ばかりでなく、ガラスや鏡によっても似たような効果を期待できると考えられる。つまりこういうところに向けられた視線は、水面と水底の二つを同時に「見てしまう」わけであり、意識の視線が半分づつに分かれてしまうことの効果はどこかに出てきてしまうのではないかというわけである。
 そしてこの場合、視線が半分だけ反射して残りが透過するという「半透過性」が重要なのだから、これは必ずしも水やガラスなどの透明な物質だけに特有の現象ではない。壁の前に木の垣根や金属の格子を置いてやると、それが水面と同じ作用をして意識の視線の半分を反射し、残りの半分を透過させるということも十分考えられるのである。
 そしてもし垣根や格子が電波吸収塗料と同じ作用をし、そして先ほどのように何か視野に入ってきた対象物によって意識の視線の波長が定まると仮定したならば、ここで興味深い推論が成り立つことになる。ここで、電波吸収塗料がある波長の電波を効果的に吸収するためには、その厚さがそれに対応したものに設定されていることが必要であったことを思い出そう。つまりここで壁と垣根・格子の間隔をいろいろに変えられるとしたとき、周囲の景観に合わせてステルス性の最も高くなる間隔の値というものが存在するかもしれないということである。ただこれについても、本当のところはやはり実験してみる以外にない。


波長を短くする簡単な方法
 さて少し話が脱線するが、波長を短くすることが必要であるとした場合、例えば次のような簡単な方法は割合に有効であるようである。ドイツの中世風の家屋や日本の昔の家屋に見られるのだが、白い壁に黒い木材の筋が入っている建築様式(ハーフ・ティンバー)である。
                  図21(省略)
 通常の白一面の壁であった場合、その壁全面が一塊になって一つの目標物として識別されるのに対し、黒い筋によって壁面がほぼ同じ面積に区切られている場合、その区切られた小さな一区画が一つの目標物として識別される傾向がある。つまりその小さい区画のサイズが、仮想的な波の波長を定めることになり、白一面の壁だった場合に比べて波長を非常に短くすることができるのである。
 これは表面に物を貼り付けたり塗装を変えるだけでできるため、ちょうどカムフラージュ塗装のように極めて安上がりのステルス技術であると言えるだろう。ただし建築のステルス技術の場合一般的に、いかにつまらない自己主張を減らすかという精神が基本的に要求されることが多いのだが、こういう簡単で手軽にできる方法の場合、人間はとかくちっぽけな主張をつけ加えやすいという癖をもっている。その精神の矛盾を来しやすいことがこの方法の欠点といえば欠点だろうか。


回折の実験
 さてこれは少々余談になるが、波の波長という概念が導入できたため、ここで例えば次のような面白い実験も可能になる。それは波動における「回折」という現象に似たものである。
 例えば普通の光が物体にぶつかったとき、物体の背後は影になってしまうが、比較的長い波長の波動が物体にぶつかったときは、波は物体の背後に回り込もうとする性質をもつ、つまり「回折」する。そして波長が長くなればなるほどその回り込む力は強くなる。
 そこで次のような実験を考えてみよう。次の図で前方にある建物が目標物となって波長を決定しているとする。そしてこの建物の背後に道があり、波の逃げ道になっているとしよう。ここでAでは建物の壁面が白一色だが、Bではそれがいくつかの領域に区分されて、波長が短くなっているとする。
 この場合、Aではあまり波動の回折が起こらず、波は建物の背後に回らない。つまりBに比べるとごく僅かしか背後に作られた道に逃げ込まないことになる。

                  図22
 逆に言えば、左側のように単純な白い立方体の場合、背後に逃げ道が開いている状態とそれを塞いでしまった状態とでは閉塞感に大きな差が出るわけであり、右側の場合においては逃げ道があってもなくてもそれほどの違いはないことになる。
 これは意識の視線の波長が現実にどの程度のものなのかについて見当をつけるためには有効な実験であり、以前に述べた電波吸収塗料の考え、つまりステルス性の観点から見て垣根・格子と壁の間隔をどういう値にすれば理想的なのかを知るに当たっても参考にできるかもしれない。



 さて以上、いろいろ述べてきたが、最終的に効果を決定するのは人間の感覚であるため、結局のところはいろいろな実験を行ってみるほかはないだろう。そういう人間の感覚を相手に様々な実験が行われた例として思い出されるのは、第一次大戦時に英海軍がステルス技術の元祖というべき迷彩塗装のアイデアを導入した時のことである。
 艦艇に迷彩塗装を施すというアイデアは、実は海軍の現場や兵器局といった正規の場所から出てきたものではなく、美術学校出の予備士官によって提案されたのだそうである。船の横腹にペンキで絵を描くというアイデアは、当初は年期の入った船乗りからは半ば嘲笑を買ったが、それでも実行に移されていった。
 そしてこの時に試みられた迷彩塗装のデザインのいくつかを現在を見てみると非常に面白い。提案者が美術学校出身であったことも影響しているのだろうが、それらは現在の迷彩塗装のようにいかにも兵器に似合う凶々しいものであるというより、むしろポップアート調のものやピカソの抽象画もかくやと思われるような奇抜なデザインのものが混じっていて驚かされる。
 それらは多分に試行錯誤の意味もあったのだが、そのためその発想は良い意味での素人くささに満ちており、狙われやすい商船の横腹に軍艦の絵を描いて脅かすなどという、ひどく子供じみたアイデアまで真面目に検討されたという。
 そしてそういう試行錯誤のために、美術学校の広い一室に船の模型がたくさん用意され、それに筆で様々なパターンの迷彩塗装を描き込んでいって部屋に作られた「海面」の上に置き、海上でどう見えるかについての実験が繰り返されたとのことである。
 実際にはその試みの大部分は後に淘汰されていったが、しかしそういう基礎実験によって効果的なカムフラージュの技法が確立されていったのである。われわれの場合も、ステルス性の効果を本当に知ってその技法を確立するためには、それに似た基礎実験は恐らく不可欠のものとなろう。

 最後に一言つけ加えておきたい。ゲーテの言葉に「巨匠は制限のうちにおいてのみ現われる」というものがある。実際、ある地方の建築などにおいて非常に見るべきものがあったというとき、その素晴らしさを作り出すもとになっているのは、その地方の環境のもつ可能性であるというよりは、むしろそこの環境が与える制約や制限であったという場合のほうが圧倒的に多いのである。
 例えばわれわれがこれまで論じてきたステルス性という点で、実はイスラム建築というものは非常に高度な内容を備えている。しかしなぜ彼らがそういうものを生み出したのかを検討してみると、それは砂漠という環境の制約であったようである。
 砂漠というところは、言うまでもなく第一に水の問題をかかえている。つまりどうしてもオアシス周辺に密集して住まねばならず、また緑の植物という素晴らしい天然の「視線吸収材」が非常に少ないため、人工的にステルス性を工夫しなければどうしようもなかったからである。つまり砂漠という環境に宿命的につきまとう制約を与えられたことこそが、かえってイスラム建築に特筆すべき芸術性をもたらしたのだと言うべきだろう。
 そういう視点から現在の日本の都市を見てみると、ここにも似たような厳しい制約があることに気づく。つまり砂漠の場合と同様、過密化した都市に密集して住んでしまっているからである。そしてここでの大きな制約は主としてコスト面の問題である。とにかく高価で狭い土地に家を建てねばならないため、コストの面でもスペースの面でも全く余裕というものがなく、悲惨なまでにそれを切り詰めなければならない。
 そしてそれに対して最も直接的な方法で安直に回答を出そうとするために、都市や住居環境は単なる面積の狭さ以上に狭苦しく、窒息しそうな閉塞感を与えるものになってしまうわけである。
 しかしこの都市への密集とコストの問題というものは、必ずしも日本だけの問題ではない。確かに日本は最もひどいが、世界中のどんな都市も大なり小なり悩んでいる問題であり、そして未来へ向かえば向かうほどひどくなると予測されているものである。
 それゆえ、現在の日本の都市の厳しい制約を逆手にとり、低コストで高いステルス性を達成するために多くの実験を行い、それを可能にするような建築様式を知恵を絞って編み出すことは、他の国々や後の世界に与える影響という点でも極めて価値のある意義深い作業となるのではないかと思われる。
 
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