日本経済に与えるステルス・デザイン技術の経済効果


 ここではステルス・デザイン技術を日本社会の中に導入した際に、どの程度の経済効果が生まれるかについて、簡単な試算を行なってみたい。
 これは本の中でも話としては出てきたが、具体的な数字までは出していなかったため、そこを補うものであり、少々下世話な話ではあるが、ある意味で多くの人々にとっては、むしろこれは遥かに重要な話題であろう。

 ただし言うまでもなく、以下はあくまでも「ステルス・デザイン」という言葉や概念が十分に世の中に流布して、一般の人々がこの言葉を一度は耳にしたことがある、という状態にまでなっていることが前提となっている。
 そのため本書「ステルス・デザインの方法」が少なくとも数万部以上出て、その単語がメディアにも顔を出すようになっていることが、いわば最低条件であり、もし本書の発行部数が1万部に満たないようであれば、以下の話も「捕らぬタヌキの皮算用」として、煙のように消えてしまう話ではある。

 しかし逆にその条件がクリアされてしまえば、恐らく以下は決して非現実的な数字ではなく、場合によってはこれを遥かに上回ることさえあり得ない話ではない。
 そしてその最大の条件である「概念の普及」ということに関しても、何もそれは政府の重要ポストにいる人間でなければできないという話ではなく、またそう巨大な予算を必要とするわけでもない。
 むしろこの場合、口コミに影響を与えうる立場にいる、一見何ということもない人の何気ない行動が結果を大きく左右すると考えられるのであり、その意味では以下は、「人々が信じることで現実化しうる夢物語」である、というのが最も適切なのだろう。
(20060924  長沼伸一郎)

着手点について
 さてその経済効果の試算の話であるが、本来ならそれは東京の主要な建物をステルス・デザインを考慮した形状のものに作り替えると何億円になるか、というような話になるはずだろう。しかしこういう大きな話は試算がやりにくく、とかくただの大風呂敷で終わってしまいがちである。
 大体において何千万円もかかる立て替えの話などは、たとえ理屈が正しくともなかなか笛吹けど踊らずで、もっと簡単で安い話でないとなかなか火がつかないものである。
 実際、新奇な新商品の場合、初期投資の金額が数十万円ともなると、もう敬遠されがちで、消費者はなかなか動くものではない。
 良い例が太陽電池の普及の試みであり、これは永い目で見れば決して損な話ではなく、良い良いと盛んに言われはしたものの、やはり最初にある程度まとまった金額が必要であるため、その普及はなかなか進まない。

 そこでここではあえて攻め口を少し変え、本の第3部の「具体的な着手点」(本書159ページ参照)で紹介したようなアプローチに沿って、話を進めることにする。
 つまり、考えられる限り初期投資が最も安く、しかも簡単にできるような部分に注目して、そこをステルス・デザイン化することを考えるのであり、それらについての試算を行っていくわけである。

 そして本の中ではいくつかの具体的な着手点が紹介されているが、ここではそのうち最も有望な候補として、次の二つをピックアップしてみよう。それらは、
・駐車場の壁面下端の処理(本書160ページ参照)
・付録2で述べた、室内に簡単に取り付けられる建材(本書180ページ参照)
の二つである。
 これらはいずれもステルス技術の最初の一歩「直角の隅を追放せよ」ということを単純に実施するだけで良く、建材によってそこに生じているコーナー・リフレクターを処理することを考えるわけである。ではまず前者に関して簡単な試算を行ってみよう。


駐車場の下端部分
 さて本の内容と重複するが、この駐車場に生じる問題部分について改めて述べると、大体において読者が「直角の隅の強い反射」ということを意識しながら、自宅から駅までの町並みを観察し、修正すべき個所がどのぐらいあるかをチェックしていくと、大体は十本の指では数えられないぐらい、問題個所が見つかるはずである。
 そしてその中でも最も顕著に目につくのが、白っぽいコンクリートの駐車場に生じるむき出しの直角部分であり、また一戸建ての家でも車庫が空の時には、車庫の下端部分に白い直角のラインが生じていることが多く、現在の日本の市街地にはこれらの個数が意外なほど大量に存在していることがわかる。
 つまり建物の大まかな形状の問題に先立って、まずこれらが町全体のステルス性を大幅に低下させているのであり、これを何とかするだけでも結構な効果があると予想されるのである。

 しかしここの処理はそんなに大変な手間ではない。つまりこの場合、別にわざわざブロック塀やコンクリート全体を傾斜させたりする必要はなく、下から高さ20センチぐらいまでを何かで覆って、直角の隅のラインを隠してしまうだけでも十分な効果があると考えられるのである。(本書29ページ参照)

 少なくとも車の後面部分の壁に関してはこれで十分であり、側面部分については、建材が車の車輪に当たって出入りの障害にならないよう多少の工夫が必要であろうが、いずれにせよ適当な建材のようなものを何か工夫し、そこに設置してしまうだけで事足りるわけである。
 これなら極めて安くつくので、現実の第一歩としては適切であろう。ではこれだけを徹底して行なったとすれば、その経済効果はどの程度になるだろうか。

 まず日本の自動車保有台数自体がどのぐらいかを考えると、それは約6千万台であるため、理屈から言えばそれらの数だけの駐車場所がなければならない。
 しかしそれら全部がそのような駐車場に収容されているとは考えにくく、そのためここではそのうちの1/3程度がこのような、「ステルス性の悪い」駐車場所になっていると仮定しよう。
 つまりその場合、先ほどのような処理を行うべき個所は、日本全体で約2千万個所近くあるということになる。

 次に、そのような処理に用いる建材の1個あたりの価格はどの程度かであるが、まあこういう場合、高級品から普及品まで何種類かの価格帯のものが用意されるのが普通であり、ここでは一番安い普及品の場合で考えよう。
 そして先ほど想定した駐車場所に関しては、理屈から言えば車の周囲の壁およびその下端部分のラインは、車の後面に当たる部分の壁が幅2m程度、側面部分のものが片側だけで長さ5m程度であり、普通に考えれば処理すべき下端のラインの長さは、一応この二つを足した7mぐらいが標準と思われる。

 しかし無論、何台もの車を停める大型の駐車場だと、1台当たりで割った平均の長さはもっと短くなるので、ここではあえて一番小さな値を採用し、乗用車1台当たりで平均2m程度と仮定しよう。
 そしてその長さの分だけを建材で覆うことを考えるわけだが、ここでその建材価格を、最も安い普及品の場合で1m当たり2千円から3千円の間と仮定しよう。つまり車1台分のスペースに相当する2m分の長さを、平均約5千円で処理できると見積もるわけである。その場合、日本全体での合計額は

      5千円×2000万個所 =1000億円

ということになり、理屈から言えばここを集中的に攻めるだけでも、何とほぼ1000億円の経済効果があることになる。

 一方消費者の立場から見ると、車1台の駐車場所が作り出す閉塞感を軽減するための支出が僅か5千円ですむというわけだから、もしデザインがそこそこで使い勝手もそう悪くないという建材があれば、メディアによるキャンペーンさえ十分なら、これは必ずしも非現実的な数字というわけではあるまい。
 もしたとえ実際にはこの1/10ぐらいしか実施されなかったとしても、それでも経済効果としては100億円になり、国としては無視できるレベルではないだろう。


家の外と中への適用
 まあこれだけの経済効果が得られるというなら、もうそれだけで十分過ぎるほどだが、しかしステルス・デザイン技術の応用は決してこれだけに留まるものではなく、とにかく何らかの形で最初の突破口が作られてしまえば、続いて別の部分にもその適用は拡大されていくと考えられる。

 実際駐車場や車庫以外の部分についても見てみると、現在の日本では家の外周りや室内に、やはり同様にコーナー・リフレクターを形成する直角部分が随所に存在していることがわかる。
 本の「付録2」では、室内のみについて、建材などの応用を考えていたが(本書182ページ参照)、現代の標準的な日本の住宅などの場合、一般に中と外を含めて一軒あるいは一世帯当たりで、平均して少なくとも4個所から6個所程度はそのような問題個所を持っているのが普通であると考えられる。
 そしてこれらもやはり大体は、うまく工夫された建材などを取り付けることでカバーすることができるはずである。
 その場合、一番安い普及品の建材の価格が1本3千円から5千円程度だとすれば、かなり気軽に、ちょうどガーデニングの延長のような感覚で誰もが手を出せるだろう。

 そこで、これらについても先ほどと同様にざっと計算してみよう。それを計算するために、まず現在の日本にそもそも建物というものがいくつぐらいあるかを概算してみることにする。
 建物の大きさにばらつきがあると計算が面倒なので、ここでは大きなものは分割して、それらのサイズを全部一戸建ての住宅個数にならして換算してみよう。その場合、日本には住宅・事業所・公共建築を全部合わせて、粗い概算で大体延べ5000万軒相当分の建物が立っていると見積もって、そう間違いではないように思われる。

 そして一軒当たりが平均して4箇所、そのような問題部分をもっていると仮定し、そこを処理するための建材の価格を、やはり一番安い普及品で1本当たり約5千円と見積もろう。
 そして、消費者は平均して3か月ごとに1箇所ずつ、1年で4箇所を処置していくと考える。これは十分なメディア・キャンペーンがあれば、さほど無理な想定ではないだろう。その場合だと日本全体では

    5000円×4箇所×5000万軒=1兆円

という数字があっさり出てきてしまうことになるのである。
 この場合も、先ほどと同様にもしそのうちの1/10しか実施されなかったとしても、それでもなお1000億円の経済効果が予想されるのであり、話半分で割り引いたとしてもおよそ馬鹿になる数字ではない。
 無論これはただ放っておいて達成できる数字ではなく、あくまでも

・ジャーナリズムによる十分で適切なメディア・キャンペーン
・行政による適切なバックアップ
・理論を活かせるデザイナーなどの質、量両面における豊富な人材供給

の三つの歯車がうまく噛み合ってはじめて可能になることである。しかし困難があるとすれば最後の点だけであり、最初の二点に関してはさほど大きな超えがたい障害が存在しているわけではない。
 大体メディアのキャンペーンにしても、それは単にこの未知の概念を情報として流布させればそれで良いのであって、必要なのは最初のキックオフ程度のものに過ぎず、さほど巨額の広告予算を要するわけではない。
 また行政のバックアップにしても、下手に行政化するよりも、むしろリップサービスによってこの単語を広めることの方が効果があると予想され、ここで採り上げた駐車場と室内用建材の二つを普及させるぐらいなら、場合によってはほとんど予算を必要としない。
 要するに以上は、社会の側に実行の意志さえあれば、容易に手が届く目標と考えられるわけである。

 そしてもしそれでも動き出さないようであれば、多少強引であるが、次のような奥の手を用いることも可能である。
 それは、計算ソフトの「Ark Stealth」の機能を使うのであり、このソフトには地価を入力してやることにより、ある家庭がステルス性の悪い建物を放置していると、体感面積の損失により、いくらの損をしているかを金額換算で表示する機能がついている。
 つまりそれを用いて、そうした処理をしないでいることがどの程度の損なのかを値として各家庭に示すことができるわけである。まあこれはやりすぎると、悪徳業者を繁殖させる恐れも出て来るので、あまり多用するのも考え物だが、しかし一種の強制スターターとして用いるには、かなり有効であろうと考えられる。

 また本では自動販売機のステルス・デザイン化などについても触れたが、こちらの方は試算が難しくて手に余るので省略するが、これらは経済効果を別にしても、観光立国政策や地方行政の目玉にもなるため、スターターの一つとして用いるには有効であろう。
 
 ともあれこれらは長期的に見る限り、かつてIT産業の経済効果として喧伝されたものと比べてもさほど遜色ないものとなる可能性も十分存在するわけである。
 むしろITと比べても、初期投資がさらに安い上に、値崩れが比較的起こりにくい(ITはそこが泣き所だった)というメリットがあり、長期的な視点からすると、より良質の経済効果であるという予測も成り立つのである。
 
 今回は一応、以上の試算に留めるが、とにかくこの1000億円や1兆円という巨大なな数字も、単なる入り口部分の試算に過ぎないことには、あらためて注意されたい。
 そして一旦それがスタートしてしまえば、もっと本格的に人々が建物全体や庭をいじり始めることになって、さらに経済効果は上がるものと考えられるのである。



Pathfinder Physics Team