三体問題とポアンカレ証明の問題点・試論

*これは2月例会での長沼氏の講義をテープ起こししたものですが、やや不完全な形で
記録したため、とりあえず専用ページに掲載し、要望が多ければ後日もう少し整ったものを
再録して一般公開することにします。

要するに三体問題の場合、天体の個数が3つある訳ですよね。そしてそれぞれのデー
タにおいて、位置のデータと速度のデータが求まればいいわけです。この場合は3次
元ですから、X方向の位置、Y方向、Z方向と3つある訳です。それから、Vx、Vy、
Vzつまり、X方向の速度と、Y方向の速度と、Z方向の速度と、一つについて6個の
データがあれば、一応この最初の天体の位置と速度は記述できると。同じように各天
体について6個、合計して18個の未知変数がある訳です。それで18個からどう
やって
減らしてくか、ということなんですが、最初のところはもうほとんど数学というより
もむしろ物理なんですよ。ではどうやって減らして行ったということをこれから列挙
してみましょう。

まず最初に、(この各要素を組み合わせて)ひとつの式を作ったならば、イコール定
数になります、という式が何かあれば、それを手がかりに1個ずつ減らしていくこと
ができる訳ですよね。「何か」イコールconstant(定数)です、っていう量がどこか
にあればいい。それをどこから見つけてくるかということが、この場合の鍵になって
います。
@まず第一が、エネルギー保存則です。エネルギーは一定である。これは天体力学
の、というか力学の基本原理であって、3つのエネルギーというのは、時間と共に絶
対に保存されますから、エネルギーの量を計算すると合計値はいつも一定になってる
ということです。
Aそれから2番目が運動量保存則。これがX方向の速度Vx、X方向の速度の保存則
と、Y方向の速度Vyと、それからZ方向の速度Vzと。3つ保存しなきゃならないからこ
こで3つ式が出来ます。
B次は三番目。次は角運動量保存則です。角運動量保存則というのは要するに、回転
に関しても、物事の回転というのは力のモーメントの合計値が保存されてしまうとい
う物理学の法則がありますから、その角運動量も、X軸中心の各運動量保存と、Y軸を
中心としてみた場合の各運動量保存則、Z軸を中心としてみた場合の角運動量保存則
と。この3つの量がやはり一定の量として決まってしまう訳です。でこれで、1,
2,3,4,5,6、7個と。
C次が重心位置。重心位置座標っていう、そういう項があります。これは何かと言う
と、無重力状態で3つの天体が移動している時に、3つの天体の重心の位置は不動で
あるという力学の法則から定まることなんですよね。無重力状態で運動している限
り、絶対に重心位置っていうのは動かないんです。だから月と地球の運動なんか見て
も、中点、重心位置そのものは絶対に動かないという、重心位置保存則というのがあ
ります。これもX、Y、Z方向についてありますから、・・・これで10個。

 あと2個なんです。で、それは何かと言うと、これが作用マトリクスで分かるんで
すよ。つまりね、位置と速度っていうのはそれぞれ独立変数として存在しているわけ
じゃないですか。位置だけの独立成分で見たときは、必ず一個は減らせるんですよ
ね。これは2体問題のときに、1個だけはかならず減らすことが出来るって言ったの
と同じで、必ずとにかく、ある独立成分の系があったときには、一個だけは、座標変
換とかそう言うものに関して減らすことができると。それは2体問題で、一個だけは
必ず逆関数とかそういうものを用いて、無理やりに用いても一個だけはとにかく消す
ことができるっていう話と同じです。だから位置に関して一個だけはとにかく、数学
的な座標操作で、消しちゃうことが出来ると。それからもう一つやっぱり速度も、一
種の独立変数ですから、速度に関しても同じ事をやって、ひとつ減らすことができる
と。だから位置の方で一個、速度の方で一個の、合計2個を数学上の操作で減らすこ
とができます。」
これで数えてみてください。1,2,3、・・・・12個。これが200年間で、3
体問題の理論がなしえた全てなんです。だからこれさえ分かっていれば200年間の
歩みが何であったかと言うことは、一応皆さん理解したと思ってください。これが大
体オイラーと、あとヤコービがやったところですね。で、これを一応まとめてオイ
ラー積分という名前で(呼んでい
ます。)これ以後、ここから先をどうやって減らすかでもう完全な泥沼に陥ったとい
うのが、3体問題の歴史だったわけです。

 それで実はこの後ずっとこの3体問題は空振りだったんですが、19世紀の終わり
頃にポアンカレ=ブルンスの定理っていうのが登場して、それが一種決定打だと思わ
れているんですが、それが一体決定打であったかどうかというのが大変重要な問題な
んです。というのはこの定理は非常に難しい内容ですし、それに書いてある本がそも
そも少ない。今日たまたまそのポアンカレの定理に関してはコピーを持ってきました
けども、そもそも文献探すのも大変って言うくらいなんですよ。で、あまりにも難し
すぎるから、結局又聞きで、ポアンカレが(3体問題を)解けないことを証明し
ちゃったんだという風に過って解釈されてるんですけれども、実はポアンカレは到底
そこまで行ったわけではなさそうだったということが分かってくるわけです。で、そ
うなってくると3体問題が解けないということは全然証明なんかされてなかったじゃ
ないかということになるわけですから、逆に言えば作用マトリックスの決定打という
のがどれほど大きかったかという、その相対的な我々の仕事の位置関係を上げること
にもなるわけですから。これは結構重要なことなんですよ。で、これはブルンスが先
でポアンカレが次っていうことになっているんですけれども、とにかくこの変数を組
み上げて、なんかこの保存量をつくれないか、っていうことをやるときにこういうの
は作れないということを示す、ことが重要だったわけですけども、ブルンスという人
は、式を代数操作、つまり加減乗除と積分、それだけをつかってこういうものが作れ
るかって言うことを、証明しようとして、これは作れないということを一応証明した
んです。でもこれをつくるのは四則演算と加減乗除と積分だけってのは、あまりにも
ちゃちい話であって、そのほかにものすごい関数がばあっと出てきちゃってこういう
式を作ることはできないのか、って言われたら、ブルンスの定理というのは何も言え
なかったわけですよ。で、代数的なものでしかできないって言うんじゃちょっと証明
したことにはならないだろうと言うんで、まあ決定打ではないと見なされたんです。
それで次に数年後にポアンカレが出てきて、一応この人が、解析的に、つまり関数み
たいなものを使ってもこういう式が作れないって事を証明したと、言われちゃって、
それでその話が噂話としてバーッと出ちゃったもんですから、もう中身を知らない人
はそれでポアンカレが、関数を使ってもそういう関数は作れないんだということを証
明したんだと、過って錯覚したところがある訳ですね。ところが実はそうではなく
て、まあこれから言うように、ポアンカレはそんなことを言ったわけじゃなくて,摂
動という方法を使っても、こういう量は作れないってことを言ったに過ぎないんで
す。この誤解を解くための非常に大きい問題として、次は摂動の話に行かなければな
りません。

 摂動というのはどういうことかと言いますと、こういう3つの天体(質量はM1、
M2、
M3)があったときに、先ず最初にM3=0だと思っちゃうんですよね。一応3つ天体は
あるんだけども、M3の質量がゼロであるということになれば、これは影響を与えてな
いわけですから、実質2体問題だけで、説明できちゃう訳じゃないですか。だからま
ず最初にM3=0と置いて,この(M1、M2)軌道を求めてしまうと。でそれを、M3を非常
に小さいμという量だとして,これでちょっと軌道を変えてみる。で、その先からま
たこれで求めた軌道をまたちょっと変えてきて,だんだんだんだん変えていって、実
際にM3っていう量が無視できない軌道を求めていこうという、それが摂動っていう方
法なんですけれども、これは言ってみればなんていうかな、この摂動で全ての軌道を
表わすことができるか、っていう重要な問題になってくると、これは非常に、摂動で
できることっていうのは限られてるんです。それは、まあ言ってみればあの、例え話
なんですけれども、ま、本物の軌道の集合があったとしますよね。それでブルンスが
やったみたいに、代数的な組合せだけで、今まで知られてるこの周期的な軌道の代数
的な和とか,そういうのでやったものだけの集合があるとすれば、摂動っていうのは
この中間くらいにあると思っていいんじゃないかと。それで、集合の数と言うことで
言うと、これは大体これで扱える集合の数が実数のオーダーだとするならば、大体ブ
ルンスのが整数で,ポアンカレのものが有理数だと思っていいぐらいなんですよ。

 実は、だから本物の軌道を求めるには、実数ぐらいのオーダーで全ての軌道をカ
バーできなければいけないんだけども、摂動でカバーできるのは有理数ぐらいの範囲
でしかないわけです。だからポアンカレが摂動に関してこういうものが作ることが出
来ないってことを示したところで、有理数範囲でできないってことを示したに過ぎな
いわけです。だからいってみればね、ここでやったことがどれだけ意味があるかって
いうと例えば,本物の軌道は、eのX乗で示された、示されるべきなんだけれども、た
またまこの世界の数学者が無理数を知らなかったと。だからeを何か分数みたいなも
ので代行して、そのX乗で、近似的に物事を表わした。それでやってみたんだけれど
も上手い直線になりませんでした、という時に、果たしてじゃあそれよりも後にeと
いうものが登場して来た時にきれいになっちゃうことは無いのかと言われたならば、
それについては何も言えない訳ですよね。だからポアンカレがやったことはせいぜい
がやっぱり、無理数を無理やり有理数で近似して、それでうまいものが作れませんと
いうことを言ったに過ぎないわけですよ。そうなってしまうとeというものを知らな
いで有理数だけでこの体系だと上手い表記はできません、と言ったところでこれは果
たして信用すべきか。というとそれは信用すべきではないということになる訳じゃな
いですか。

 なんで有理数無理数って言う話になったかって言いますと,作用マトリックスで考
えるときに、集合の要素全部が0でないもののパターンの数は非可算無限個に行って
しまうけれども、上三角行列の場合にはせいぜい加算無限個にしか行かないという話
が、『物理数学の直観的方法(第2版)』に載ってましたね(P209)。これがやっぱ
り前者が実数のオーダーに行っちゃって、↑三角行列の場合は有理数のオーダーにし
かいかないからなんですよ。なぜ摂動が有理数の範囲しか行かないかって言うと、最
初にこういう形でM3=0として求めたものをここに置くと。で、ここの条件(μ)を代
入して,次にこういう軌道を求めていくと。で次にこういう軌道を求めていく・・・
ということになりますから、この摂動の軌道を求めていく過程そのものがこれ(上三
角行列)のN乗をやっていくぐらいのオーダーになっちゃうんですよね。だからどう
しても有理数のオーダーで止まっちゃうってことは明らかなんであって、実数のレベ
ルには行けないということははっきりしてます。

 で、ポアンカレの場合、彼が何を言ったかと言うと、3つの天体の軌道を表わす
Hっていう、まあハミルトニアンですけれども、Hというものを求めようとした時
に、M3=0のときのH0と言うものはまず求まるだろうと。その時に、M3=μという、μ
として修正した軌道がたとえばH1だとしますよね。この時にμという量に、依存する
形で保存量が作れるかどうかという話をしたんです。これはどういうことかと言う
と、たとえば

H1とμで何か式を作ったのが,=constant
ってことになると、これはこれを逆に解くことが出来て、

H1=μとconstantからなる式

という式になる訳じゃないですか。それでμというのは実はM3のことな訳ですから、
新しい軌道のH1というのが「M1、M2、M3=μ、及び保存量からなる関係式」って言う
形になるわけですよね。つまり本当に理想で求めたいものがあるとするならば、もと
もとこれだけで作った式(H0)というのは、M1とM2っていう量を式の中に含んでいる
表現式ですよね。で、これと同じようにM3っていうものを含んでいる表現式が得られ
れば、Mがどんな値でも軌道を計算する関数って言うのが作れちゃうわけですよ。つ
まりM3をどこかに含む式を作りたいがためには、この摂動で作った奴が、こういう保
存量を何か持ってないと、こういう格好(H1=μとconst.からなる関係式)には持っ
ていけない訳です。だからそのために、同じく摂動で作った式がμにも依存するよう
な形で第一積分を作らなければいけないということが絶対的な条件だったんですけれ
ども、実はそういうものは作れなくて、摂動でやったところでμは途中で消えちゃっ
て,元のHだけの関数に戻っちゃうということをポアンカレは証明したに過ぎないん
です。

 ということはひょっとしたら我々はとんでもない間違いに引っかかっちゃった
のかも知れない、というのは、実はこれは3体問題の限界を示したんじゃなくて,摂
動の限界を示したに過ぎないんじゃないか。つまり、ここで最初に(M3=0として)H0
を与えたわけですよね。ここから物事を作った時に、新しい量に依存するようなもの
が天から生まれてくるか、これで作った量というのはやはり、要するに親が一人な訳
ですから、一人の親からその親に依存したものしか生まれない。そうなれば新しく摂
動で作ったものがこれ(μ)にしか依存してないというのは、当たり前なんじゃない
か、ということは摂動というその攻略のために使ったツールそのものの限界を示して
るに過ぎないんじゃないかという可能性が出て来ている訳ですよ。だからそうだとし
たならばね、さっきの、12の保存量を見つけたところまでが実は3体問題の正しい
道だったんであって、ポアンカレのところで急速に変な方向に曲がっちゃった可能性
があるわけですよね。だからそうなったとしたならばポアンカレを全部切っちゃっ
て、12個まで減らしたってところの原因を作用マトリックスで新しく説明し始めた
方が,3体問題の解説としてははるかに正しいルートだった、ということになるわけ
ですよ。

 それでこれは大体ここら辺のところまでは突き止めましたけれども、これを
知るのだけでも相当大変な訳ですよね。だからこれをちゃんと議論できる人間は今、
日本にいないんですよ。作用マトリックスを知らないと逆にいえば、この議論は全く
出来ない事でもあるわけです。だからその辺を、今、今日理解する必要はないんです
けれども、とにかくこういうものだったということをとにかく頭に入れておいて、何
年か掛けて、2、3年で、マスターするということをちょっと皆さんにもやってもら
いたいんですよね。

補足

 ちなみに2体問題の場合はどうなるかと言うと、やっぱり2体問題の場合は6掛け
る2で12個、変数がある訳ですよね。それで12個減らすことに関してはさっきと
同じですよ。だからちょうど2体問題の場合には12個減らすことが出来て,変数が
12個だからちょうど数合うんです。
 2体問題が解ける理由は、2個は必ず減らせるっていう原理がそこにあったから、
12と12でちょうどさっぴいて解ける、ということが分かります。