無形化映画シナリオ・2003年=東部戦線の開幕篇

 このシナリオは、イラク戦争の開戦に至る過程を、無形化戦略の観点から可視化したものであり、これを第二次大戦における独ソ開戦「バルバロッサ作戦」に対比させて描き出している。
 また、フランスが国連決議の場において最後まで反対したことの歴史的意義に注目し、それをメディアによる航空戦略として可視化することで、表面的にはわからなかった背後の深い戦略的な構図を浮かび上がらせることを試みている。
 実名の登場人物が多く、彼らの会話の多くは創作だが、中には実際の発言を基にしたものもある。

 大体、あの戦争の戦略的構図がどんなものだったのかについては、十分な整理や総括がなされておらず、その経過を可視化するだけでも十分な意味があろう。ただしこれは、日本一国で映画化するのは最初から無理で、日仏英合作、あるいはフランスないしEU映画界に対してシナリオとコンセプト・デザインのみを提供する、というあたりが良いかもしれない。
(20060818)

オープニング
「帝国のマーチ」が流れる中、文字情報が示されていく。最後、セピア色の通常地球儀上でイラクの地形図がクローズアップされ、それが変形して仮想地球儀の地形になる。


冒頭の場面
 中東の山岳地帯を臨む前線基地。線路の上を装甲列車が向こうからやってくる。

 高級将校らしい人間が線路脇に立っていて、停車する装甲列車を迎える。止まった列車の中からかなりの地位にあるらしい将官が降りてきて、握手する。(降りてきた将官はパール国務次官補がモデル。)二人はそのまま歩いて、その先の前線観測所に入って行く。

 将官は観測用のカニ眼鏡を覗き、視野内に中東の山岳地帯が写る。「今になって皆が悔やんでるんだ。前回の作戦で、バグダッドまで突入していれば、こんなことにはならなかったのじゃないかってな。」
「まあ状況全体も大きく違ってきてます。あの頃は、その半年後にまさか西部戦線で野戦軍があそこまで電撃戦が劇的な戦果を上げるとは予想されてませんでしたからね。当時のアメリカは将来の西部戦線での実力を不安視されていて、東部ではあのあたりまでやれれば御の字と想われてたんです。何と言ってもあの当時のわが国には今ほどの無敵感はありませんでしたから。」

「だからこそ東部でのパルチザン制圧が、以前にも増してわが国にとって重大な意義を帯びている。それはアフガニスタンを叩いただけでは、不十分だったんだ。」
「つまりあそこ、バグダッドがパルチザンの根拠地だというわけですか?それに関する明確な根拠はいまだにありませんが。」

 視野内の映像は地上をゆっくり移動していく。地上にトーチカのような砲塔が並んでいて、砲身が空に突き出ているのが見える。「あれは重高射砲の砲塔か?」「そうです。中東ではそこら中に見られるものです。あの厳重な防空網を突破するのは、われわれの空軍にとっても容易ではなく、さすがにここには自由に入り込めません。まあ偵察機が自由に入れないことが、パルチザンの避難所を提供することになっているというのは、理屈としてはその通りですが。」

「もしそれを一挙に解決する作戦計画があると言ったらどうする?」「それは戦術核兵器をもう一度使うということでしか不可能だと思いますが、要するにそういうことですか?」「こっちへ来たまえ。」


作戦構想の説明
 二人は装甲列車の中にしつらえられた移動作戦室に入っていく。将官はスイッチを入れて大きな地図のスライドを投影する。

「バグダッド防衛の要は、とにかくこの山=ポイント・バビロン(仮名)の上にある、連中の巨大要塞で、ここからの核砲弾が、国内の防衛上の要点を射程に収めている。要するにこれを戦術核兵器で潰さない限りバグダッドは攻略できないが、逆に言えば、それさえ潰せばバグダッドといえども簡単に占領できることになる。」
「ええ。前回はそれを行うのはさすがにリスクが大きいというので断念されたんですが。」

「だが、軍内部でもあまり知られていないことだが、1年前から現在までに、わが軍の核砲弾の発射技術は長足の進歩を遂げ、射程と精度が大幅に増している。そのため、自走アトミック・キャノンをここ、コードネームでポイント・アストラハンと呼ばれる高地の上に上らせれば、完全に相手の射程外からこの巨大要塞を潰すことができるんだ。」将官は地図上の高地を指差し、そして射程を示す図形が投影される。「前回と違って、こちらにほとんど損害なしでそれができる状況になってるんだよ。」

「新兵器のテストというわけですか?」「いや、そんなものじゃない。前回と違って、今回は歴史を変えてしまうほどの遠大な意味を込めた作戦構想だ。本題はこれからだよ。」彼は手元のスライドを操作する。

「さっきも言ったとおり、このあたりでは重高射砲塔を中心とする濃密な防空網の存在が、われわれの力を阻む大きな障害物となっている。しかし地上からバグダッドに侵攻すれば、その防空網を内部から覆滅し、空から全土を制圧して政権を倒してしまうことができる。そして話はそれで終わりではない。」スライドの地図が移動する。

「バグダッド占領後にわれわれはさらに進んで、これを中東全体に拡大するのだ。つまり中東の内陸部の真中に、われわれは巨大な航空拠点を築く。そしてバグダッドの先にまさにそれを築ける場所がある。もしそれに成功すれば、中東地域全体の防空網を内部からドミノ的に崩壊させて、絶対的制空権を得ることができるわけだ。そのとき歴史がどれほど大きく動くかは君にも想像できるだろう。」地図上に航空拠点を示す点が映る。(これは「中東拡大構想」のこと。)

「確かに壮大で野心的な作戦ですが、冒険でもありますね・・・。」「確かに軍内部でもこの作戦に反対する者は多い。しかし現在では推進派が参謀本部の中枢を占めるようになっていて、恐らくこの作戦は承認されるはずだ。君もこの歴史的な作戦に参加するのだ。日本占領作戦以来のものになるぞ。いや、そんなものじゃない。これは東部戦線における歴史的な十字軍への参加なのだ。」

 陰で高級士官は呟く。「自分を十字軍になぞらえる?東部戦線で?何だか不吉だな。」


米政府の作戦会議
 統合幕僚本部の会議室。主席参謀がブリーフィングを行なっている。(主席参謀はウォルフォウィッツがモデル。)

 彼は作戦構想を説明している。「・・・このように、中東の中央に東部戦線全体を管制できる巨大な航空拠点を確保し、それによって対パルチザン対策に決定的な影響を与える、それが今回の作戦の最大の目的です。」彼はスライドを切り替える。

「思い起こせば第三次大戦の頃は、ソビエトとその周辺国家の上空は厳重な防空網で守られ、われわれの空軍は世界の半分の空で自由な活動ができませんでした。それがあの第三次大戦があれだけだらだら長引いた理由の一つです。そしてご存じの通り、ゴルバチョフが積極攻勢の際の邪魔になると言ってその防空網を内部から撤去するや否や、逆にあっけなく決着がついてしまったものです。」スライドが再度切り替わる。

「そしてそのソビエト防空網が存在しなくなった現在、地球上でその種の防空網が最も濃密に残っている場所こそが、ここ中東です。」スライド上に防空拠点を示す赤い点が映る。
「この上空ではわれわれの空軍は自由に活動できず、そのためにこの地域にはわれわれのルールに逆らう国が多く残っています。そしてそれゆえにこそ、パルチザン勢力にとっての格好の避難所を提供しているわけです。」

 彼は続ける。「そのため、もしここでバグダッドを攻略して国内の防空網を内部から破壊すれば、パルチザンの避難所を奪うことができます。そしてバクダッドを占領したならば、さらに進んで、中東地域の真中に巨大な航空拠点を築くことが可能となります。それが中東世界全体に及ぼす影響は、甚大なものとなるでしょう。」

「つまりむしろ作戦の主目的はそっちということか?限定された政治目的の作戦じゃなく?だとすれば君等はどこまでを考えているのかね?」パウエル国務長官(ただしここでは軍服を着ている)が尋ねる。

 パールが替わって発言する。「もし中東世界の中心部にそれだけの航空拠点を築くことができれば、その効果は一国だけに留まりません。それは恐らく他の周辺諸国に波及し、ドミノ式に中東地域全部の防空網を崩壊させることになると思われます。」彼はスライドを動かす。

「そうなった場合、われわれは第二段階としてその絶対的制空権のもと、地上軍を侵攻させる作戦を発動します。それは現地の民衆からは解放軍として迎えられるはずで、そうなれば、現在われわれの体制に逆らっている周辺イスラム諸国の体制を覆し、そこに生きる民衆を前近代的な劣った社会体制から解放すると共に、この地域全体をわが国にとって安全なものに変えることができます。」彼がスライドを操作すると、地図上で侵攻作戦の矢印が周辺諸国に広がっていく。


                 図1

 それを見ていた出席者から「この作戦区域面積の広さは・・・かつてのバルバロッサ作戦のそれを遥かに上回ってるじゃないか・・・!」「そして最終目的地はサウジアラビア・・・最後はイスラム世界の中心地まで行くつもりなのか?」という驚きのつぶやきが漏れる。

「まあサウジアラビア自体について言えば、直接的な侵攻なしですませたいと考えています。現在彼らは国内をなだめることを理由にパルチザンへの融和政策をとっていますが、今回われわれの新兵器がどれほどのものかをデモンストレーションし、われわれの体制下に入ればそれを供与すると提案すれば、彼らは自分からパルチザンを見限って防空網を撤去し、われわれは戦わずしてサウジアラビアを制圧できるでしょう。そのためにも今回の作戦が必要なのです。」そして彼は続ける。

「これはもはや世界史的な事件になると言って良いと思います。その暁には中東世界全体は劇的に変わることになり、われわれは十字軍が千年前に行なおうとして果たせなかった歴史的偉業を、結果的に成し遂げることになるでしょう。イスラム世界にその福音をもたらすと同時に、それによってわれわれは世界統一という人類の夢に大きく近づくことにもなるのです。」

「まあ夢物語はともかく、最初の話に戻るとして、そもそもバグダッドがパルチザンの基地になっているという明確な証拠はないのじゃないか?」パウエルが疑問を呈する。

「いや、現実がどうあれ、バグダッドがパルチザンの避難所としての、象徴的な意味をもっていることは確かでしょう。」ウォルフォウィッツが答える。
「つまりパルチザンたちにとっては、何かあったらここへ逃げ込めば良いという精神的な安心感が、一つの支えとなっていることは間違いありません。そして前回の作戦で、われわれがバグダッドの前で停止してしまったことは、われわれがそれを難攻不落と考えて恐れているという印象を世界に与え、かえって聖域としての象徴的意味を強めてしまったのです。」彼はちらりとパウエルを眺め、パウエルは嫌な顔をする。彼は続ける。

「だとすれば、今回の作戦でその難攻不落と信じられている避難所を陥落させ、さらにそこに中東全体を管制する巨大航空基地を建設すればどうでしょう?それはもはや彼らの安住の地が地球上になくなったことを世界に示し、その衝撃は彼らの精神的な抵抗の支柱を折ることにつながるのです。それはパルチザンに対する最も効果的な打撃となるでしょう。」ウォルフォウィッツは地図を前に述べる。

「つまりそれを一挙に解決しようというわけか?しかしもし失敗すれば、逆にバグダッドは本当にパルチザンたちにとって聖地と化してしまって、彼らを一層力付けることになりかねないぞ。確かに成功すれば素晴らしいが、大きな賭けだ。私には少々時期尚早に思えるが。本当にそんな凄い作戦が今、必要なのかね?」

「いや、ぐずぐずしていると、この絶好の機会を逸するかもしれないのです。わが軍の核砲弾の技術向上とそれによるバグダッド攻略の可能性については先ほどお話した通りで、今回の作戦もそれが前提となっています。そして現在の状況なら、主要国の賛同が得られれば、それを使用することができるでしょう。しかしもしうかうかしていて、奴等が今は持たない戦略核兵器を手にしてしまったどうなるでしょうか?そうなればもうわれわれは手出しができなくなり、この絶好の機会は失われることになります。つまりこの作戦を実行できるのは、今しかないのです。」

「しかしこれまでアメリカは開戦に際して表面上、必ず相手に先に手を出させて、たとえ実態はどうあれやむを得ずそれに反撃する格好で開戦するという形をとってきました。」紅一点のコンドリーサ・ライスが発言する。「しかし今回は、多少追い込んだとしても、向こうが先に何か手を出すよう仕向けるのは難しいように思えます。つまり下手をするとアメリカの歴史上初めて、こちらから先に手を出すという形になりかねません。何か彼らを追い込むための強いネタが必要になりますが。」

「開戦理由か?それこそ、戦略核兵器か化学兵器をネタにすればいい。彼らに強引にその完全破棄を迫るんだ。もし彼らがそれを持っているなら、その強制排除は戦略上どのみち必要だし、持っていないなら、破棄の証拠も提出できないわけだから、それを秘匿・偽証しているという理由で開戦に持ち込める。」ウォルフォウィッツが言って、出席者から笑いが洩れる。

 別の参謀が立ち上がる。「しかし戦術核兵器を実際に使用するとなれば、わが国一国だけで強行するわけにはいきません。この地中海のU5拠点上に、主要各国が国際監視軍を編成することが必要です。もしそれをせずに一国だけで戦術核の使用を強行すれば国際法違反になってしまいますし、国際監視軍が成立するためには、この拠点から一旦各国が自国指揮下の軍隊を引き上げることが不可欠です。要するに早い話、われわれがこの拠点を前もって実質的に管制下に置ける体制を作り上げておかねばなりません。」彼は地図上の地中海の一点を指差す。

「前回の作戦では見事にそれがうまく行った。あの時、その連合軍はまさに実態においてはわがアメリカの指揮下にあったわけだが。」ラムズフェルドが言う。
「しかし今回もそのままうまく行くでしょうか?ベーカー大将は、あのとき、もっと時間をかけて根回ししていましたよ。」ライスが疑わしそうに尋ねる。

「まあフランスやロシアが軍をここから引き上げることをしばらくためらうのじゃないかと予想はされている。だが前回の時と比べると、わが国の力自体が遥かに強大になっている。軍を引くよう仕向けることは十分可能だろう。」

 ここでパウエルが振り返って尋ねる。「ところで海軍の意見も聞いておきたい。海軍の見通しは?」
 海軍提督が発言する。「海軍としてはこの作戦には正直、乗り気ではありません。作戦地域付近の海域は、もともとわれわれの海軍が活動しにくい場所です。もし消耗戦にでも陥った場合、海上からの補給には十分な確信は持てません。そもそも・・・」

 しかしパールがぴしゃりと遮る。「補給は陸路から行なえばいい。それに、海軍がやるようなその他の活動は空軍が代行できるだろう。いずれにせよ、東部での本格的な地上作戦の前に、その西側の制空権は完全なものにしておかないといけない。」

 会議でパウエルはなおも抵抗するが、結局押し切られてしまい、作戦は採用される。


親衛隊の疑念
 パールが親衛隊(英語では「オーバーロード・エスコート」。それを「親衛隊」と和訳)の将軍たちに作戦を説明している。「以上がわれわれの作戦構想だ。」「まあ戦術核兵器を使うなんていう話は、戦術空軍と鉄道補給網しか持たないわれわれ親衛隊にとっては、どのみち口を挟める話じゃありませんが。」

「戦術空軍はどうだ?作戦期間中、本国上空を押さえておけるか?」パールは空軍の将軍を振り返る。「そうですね、戦術空軍の中でも一番有力な「「スカイ・フォックス」」航空団あたりは国防軍寄りですから、そこが中心になって、国内の反対勢力は空から押さえ込めるでしょう。」(これは無論フォックスTVのこと。)

「親衛陸軍は無論賛成だろう?何しろここの広大な鉱山地帯の権益が手に入るんだ。反対する理由はあるまい?」しかし親衛隊の将軍は不安げである。
「まあ確かに無傷で手に入れられればですが。でも焦土作戦なんてことになったら、利益どころじゃありませんよ。それに、中途半端な訳知りの連中は、どうせわれわれが鉱山の権益目当てにこの作戦を影からそそのかせたなんて言うに決まってますし。」一同は皮肉っぽく笑う。「まあそれはともかく、本当にうまく行くんでしょうね?」

「心配するな。そこらへんはちゃんとやる。」パールは約束して部屋から出ていく。部屋に残った親衛隊の将軍たちは、地球儀を前に疑問の表情を浮かべる。

「国防軍の連中、今回に限ってわれわれよりも強気だな。ひょっとして世界統合を一挙にやるなんてことでも考えてるのか?」
「かもしれませんな。でも世界統合なんてのは、本来われわれオーバーロード親衛隊の方の専売特許だったはずなんですが。」
「それにしたって、われわれの統合プランの方が遥かに確実だろう。」彼は地球儀を示す。「要するに、アメリカと中国の間のここ、ハートランドに鉄道網を築いて、そのグレート・ウォール・ストリートを世界鉄道の中心とすることで、この巨大な世界島を一体化する。そうすれば、質量の点でそれと対抗しうる勢力は地上から消滅して、熟柿が落ちるように世界統合が完成する。こっちの方がよほど確実なのに。」

「エンパイア・ステート攻撃で、国防軍に火がついちまったようですな。ひょっとしてイスラム文明を地上から消し去るなんてことでも無想してるんじゃないですか?なるほど、この間、連中のことをネオ・バルバロッサ・グループと呼んでいた奴がいたが、あるいはそういうことだったのかも。」

「バルバロッサ?どういう意味で?」「名前の由来はもともとは、十字軍時代にイスラム教徒殱滅に熱心だった神聖ローマ帝国皇帝です。まあむしろドイツ軍のソ連侵攻作戦の名前に採用されたことで知られてますけど。」「まあ下手な冒険で台無しにしないよう願いたいもんだ。」


準備的航空作戦の開始
 良く晴れたイギリスの米空軍基地。四発重爆がたくさん駐機している。「諸君、新しい作戦計画だ。どうやら地中海方面で行動することになるらしい。イタリアが基地を提供してくれることになった。まず一個連隊がそこへ移動だ。」(これは当時ベルルスコーニ政権がイラク戦争を支持したことによる。)

 イタリアの空軍基地。四発重爆が次々に着陸してくる。地上整備員が「一体何が始まるんだ?」と首を傾げる。

 米空軍の作戦室。大きな地図テーブルの上に航空機の駒が並べられており、その前でパールがプランを説明している。「まず最初は、強行偵察の準備行動という名目で、大編隊を飛ばして示威行動を行う。それで、各国の空軍をこちらに編入する下準備ができれば、戦わずして背後は安全にできる。」
 そして「各国に向けるメッセージも書いておけ。歴史を塗り替える大作戦の開幕を告げるものだ。それに見合う文面にな。」(ここらへん、「空軍大戦略」のイメージで。)


示威飛行の始まり
 イタリア付近の空軍基地で、四発機のプロペラが回り始める。そして次々と離陸していって、空中で巨大な編隊を組む。若い無邪気そうなパイロットが機長に言う。
「まあこの大編隊に逆らおうなんてやつはいないでしょう。とにかくわれわれはエンパイア・ステートであんなことされたんだ。ああいうことをするならず者どもを地上から消し去るのに反対するなんて、それだけで犯罪ですよ。このデモンストレーション飛行の後は、皆こぞってわれわれに加わるはずです。」(ここではニューヨークのことを「エンパイア・ステート」と呼んでいる。)

 ヨーロッパの美しい古都の上を大編隊が飛んでいる。バルコニーから高官らしい人物が空を見上げ「はて、今はこんな大規模な空軍を出動させるほどの状況じゃないはずなんだが。それともアメリカの連中、いよいよ世界征服にでも乗り出すつもりかな?」


メッセージへの反応
 ヨーロッパの空軍作戦指令室。「例の大編隊によるバグダッド強硬偵察に伴って出された、アメリカから全世界向けのメッセージです。でも文面が普通じゃないんで。」通信士官が紙を差し出す。
 参謀の一人が読み上げる。「・・・・この脅威を取り除くことは、文明国にとっての義務である。これは文明と野蛮の間の戦いであり、現在空を飛ぶ編隊は、十字軍の先駆けである。文明国の空軍はこれから行われる作戦に参加せよ。」参謀は顔を上げる。
「何だかやたらに熱くなってますね。今どき十字軍だなんて、イスラム文明解体でも考えてるんでしょうか?」

 将軍は紙を受け取る。「それにしてもこの文面、他の独立国に協力を要請する、という姿勢じゃないな。むしろ属国に対するお布れに近い。文面どおりに受け取ると、明らかにわれわれに命令している。これまでの外交の常識じゃ考えられない。」
「まあ単なる劇的効果を狙った文学的表現という可能性もありますが。でもだからこそ本音が出ているとも考えられますね。」
「とにかく上に報告だ。」


 米軍の作戦室。「第一回目の反応はどうだ?」「判で押したように同じ反応です。要するに何で今、どんな根拠でこの時期に大規模作戦を起こす必要があるのか、という疑問の意見です。残念ですが、共同作戦に参加しようという雰囲気じゃありません。」

「ふむ、そうだとすると、地中海での拠点確保はそうすんなりは行かないということか。両面作戦なんてことにならなきゃいいが。」
「まあそう心配するな。最初はそんなもんだろう。とにかく空軍をここに大量に集めて何度も飛ばせれば、いずれそんな疑問は忘れちまうもんだ。このまま続けろ。」
(地中海上のU5拠点確保とは、国連決議で国際社会のお墨付きを得ること。)


最初の蹉跌
 フランス政府のエリゼ宮の豪華な会議室。「今回のアメリカの意図をどう評価する?」「とにかく尋常じゃありません。われわれが今まで知っていたアメリカとは違います。少なくとも今までは、彼らは少なくとも形式的には国際社会の中の一国家という形を守ってきました。しかし今回はどうもまるで世界に主権国家は我一国のみというか、世界統合の名のもとに、露骨に宗主国のように振る舞っているかのように見えます。」

「同感ですね。確かに東部のパルチザンが、われわれにとっても脅威であることは間違いありません。だから討伐作戦そのものは良いとしても、ここでアメリカの空軍作戦に下手に加わって彼らの制空権を絶対的なものにすることは、それ以上に危険のように思えます。特に今回の行動が、彼らの体制下に加わるかどうかのテストであった場合、なし崩し的にそこに組み込まれる恐れがあります。」「ではどうする?」

「とにかく地中海における制空権を維持できる防御体制は整えておくべきです。即座に全面的な航空戦に突入しないまでも、われわれがこの地域に持っている拠点は保持できるよう、防御体制を増強しておくことが必要でしょう。特にこの拠点は。」彼は地中海上の拠点を指差す。


アメリカの反応
「どうも、フランスがわれわれに加わらないつもりのようです。見てください。」と米軍の将校が航空写真を示す。「地中海上の問題のU5拠点ですが、軍を引くどころか、明らかに戦力を増強し、防備体制も強化されてます。われわれと事を構えるつもりなんでしょうか?」

「われわれの本気を十分理解しとらんということじゃないかな。冷静に考えれば、連中がここで意地を張り通すのは、国益に比べてリスクが大きい。考えられるとすれば、リスクを過小評価してるんだ。では次の強行偵察の際には、向こうを少しばかり威嚇してやって、それを理解させてやるか。」


第二回示威飛行
 再び米空軍の四発重爆のコックピット。「結局今回仲間に加わったのは英空軍だけですか。2回目は多国籍空軍で飛ぶことになると思ってたのに。」「その英空軍も、お仲間と言えるのは政府直轄の戦略空軍だけだ。同じイギリスでも、戦術空軍の態度は全然違う。味方とは到底言えない有様だよ。」

「わが国じゃ戦術空軍もフォックスの連中がしっかり押さえて挙国一致の体制を整えてるってのに。愛国心が足りませんよ。」「それより今回は、バグダッドの防空網すれすれまで接近する強行偵察だ。それと、途中のフランス空軍基地から圧迫を受けた時には、それを押し返せという命令も受けてる。しっかり気を入れてかかれ。」


「バグダッド周辺に接近します。高度はもうこれで限界です。さすがにこの大編隊なので、迎撃には飛んできてないようです。ですが下の気象状態があまり良くありません。偵察の精度はあまり期待できませんね。」下の高射砲がぱらぱらと火を噴く。「この距離ならまだ当たらない。もう少し接近できる。」偵察機のカメラが旋回する。

 ドン!ドン!と高射砲弾が炸裂する中、編隊は旋回して帰途につく。「爆弾のかわりに燃料を目一杯積んでても、ここらが航続距離の限界だ。被害はないな?」

 航法士が航空図に作図しながら報告する。「燃料節約のための最短コースだと、帰り道にはフランス空軍の基地上空を通ります。通過には特別許可が必要ですが、どうします?迂回しますか?」「構わん、直通で行け。状況が状況だ。」

 レーダー手が報告する。「フランスの戦略空軍機が、基地周辺上空で進路を塞いでます。」「迂回しろっていうことらしいな。」「どうします?」「命令書どおりに行動するしかないだろう。渡されてある通信文を送信しろ。道を空けるように言え。」

「奴ら、どきませんよ。こっちの通告を無視するつもりのようです。」「仕方ない。距離4万ヤードで威嚇射撃を始めろ。」「了解。」四発機の上部に装備された砲塔が旋回する。

「距離4万。各機、1発のみを発射。」米軍機の砲塔で搭載砲(75ミリ砲ぐらいの砲)が火を噴く。

「フランス機、後退しません。そのままの位置を維持してます。向こうも砲弾を発射!ただし有効射程外です。弾丸到達まで20秒。」「向こうも威嚇射撃をしてきたか。」窓の前方、かなりの距離で相手側の砲弾が炸裂するのが見える。

「強硬だな。引き下がるつもりはないようですね。どうします?」「本格的な交戦までは許可されていない。それに今回は偵察写真を持ち帰ることが優先だ。やむを得ん。回避コースに入りながら、各機もう1回だけ威嚇射撃を行なう。そのまま迂回コースで基地に戻る。見てろ、今に後悔させてやるぞ。」
「しかしこの有様だと、東での侵攻作戦の前に西で航空決戦が必要なんてことになりゃしませんかね?」


開戦理由の発表
 ラムズフェルドが写真パネルを前に発表を行なっている。
「先日行なった強行偵察により、われわれはバグダッドの現政権が、山岳地帯に国際法で禁止されている戦略化学兵器用の長距離ミサイルを保有していると見られる兆候を捉えました。これは、サイロにミサイルを搬入中と見られる偵察写真です。」そう言って、ひどく不鮮明な写真を示す。

「このサイロは、核弾頭を搭載したミサイルにも使える、深さ150mのガン・バレル型トンネル・ランチャーである可能性もあります。現在はミサイルの弾頭は戦略化学兵器であると思われますが、将来同政権が戦略核兵器を保有するステップとしているのではないかとも想像されます。」サイロの断面解説図のパネルが示される。

「いずれにせよこれはもし事実であるならば国際秩序に対する重大な挑戦であり、国際社会が一致してその排除に当たるよう、求めるものです。」

「そしてわれわれは同政権にその放棄を迫ると共に、それを放棄したことを示す明確な証拠の提出を求めるものであります。それと同時に同政権に対して、やはり国際秩序を乱しているパルチザンへの支援を停止するよう求めます。もしこの要求が入れられない場合、われわれは戦術核兵器の使用という手段も含めて、同政権に対する作戦行動を開始する予定です。」会場にざわめきが起こる。


フランス軍の対抗戦略
 再びフランス政府首脳の会議。「どうやら状況から判断する限り、アメリカは本気で東部戦線の開戦を決意しているものと考えた方が良いようだ。それに伴ってすでに地中海上空では、戦略空軍同士の小ぜりあいが始まっている。そのためわが国もどう対応するかの決断を迫られることになった。」

「一応この地中海上の拠点は防衛するというのが、われわれの以前の方針でしたが、それはこれがあくまでも単なる紛争レベルや脅しの段階に留まるという前提での決定でした。しかし今やアメリカは、わが国に対してはっきりと、後の段階での報復を前提とした上で、敵か味方かを問いかけてきています。つまりわれわれは、この拠点を明け渡すか、死守するか、その二者択一を強いられつつあるわけです。」

「無論わが国の立場からすれば、彼らの地上作戦に賛成することのメリットが薄いことは明らかだ。彼らの言うようにここがパルチザン制圧の鍵だという主張自体がもともと怪しいし、例の偵察写真にしても、こんな不鮮明なものでそんなことを断言できるとは考えられない。またそれが事実だったとしても、彼らの作戦が成功した暁には、われわれが現地の鉱山などに持っている権益はあらかた失われることになる。問題はわれわれがどこまで抵抗できて、どこまで抵抗する値打ちがあるかだ。」

「現在、この地中海上の拠点を有する5か国、まあアメリカを除けば4か国ですが、そのうちイギリスはすでにアメリカ側についています。残りはわが国も含めて3か国で、基本的には3か国とも今回の作戦には反対ですが、ただ何しろ西方電撃戦以来、アメリカの威光は圧倒的ですからね。どこまで他の2国が頑張れるかは疑問ですよ。」

 ここでドビルパンが口を開く。「しかしこの問題は、従来のような単なる紛争レベルの問題と考えて良いのでしょうか?どうも私にはそれを超えて、現在、ヨーロッパを含めた世界全体が、ギリシャ的世界に留まるか、それともローマ帝国的世界に移行するかの重大な岐路に立たされているように見えます。」

 一人がうなずく。「同感ですね。今回、たった一つの超大国が、他の独立国など存在しないが如く、自分一人の勝手な意志で、戦術核戦力を自衛以外の目的で自由に先制攻撃に使用しようとしており、まるでローマ帝国そのもののように振る舞っています。思えばヨーロッパ世界は、各国がいがみあいながらも独立国であり続けるという意味において、まぎれもなくギリシャ的世界でした。その意味では今回のアメリカの行動は、ヨーロッパの根本そのものに対する挑戦と言えるかもしれません。」

 ドビルパンは続ける。「力関係の点では、すでにアメリカの大きさはそういう帝国のサイズなりかけてはいますが、国際社会はまだ体制自体がそういうものに移行することを正式には認めてはいません。しかし今、それを無し崩し的にでも認めてその前例を作ってしまうことは、国際社会が実質的に帝政へ移行する大きなきっかけを作ることになるのではないでしょうか。少なくとももしフランス、いや、ヨーロッパがヨーロッパであり続けようとすれば、今ここで断固それを阻止すべきです。」

「つまりアメリカはまさに今、ルビコン河を渡ろうとしているというわけか。いや、これは掛け値無しに本当の意味でだが。」一同静かに笑う。

「しかしそれを阻止すると言っても、わが国一国だけでそれを押し返すほどの力はありませんよ。下手をすれば他国が全部腰砕けになって、わが国だけが孤立して作戦終了後の報復に曝されるということも十分あり得ます。」

 ドビルパンは一応うなずく。「ですが、この地中海上のU5拠点の防衛権に限って言えば、それはわが国を含めた5つの国にしか与えられていない、いわば特権です。そして他の国が頑張れるかどうか怪しいとなれば、せめてここを死守することはわれわれの義務と考えるべきではないでしょうか。いや、外交にこのような理想論を持ち込むことの危険は私とて承知しています。しかし永い目で見るならば、この世界にとって極めて重要なものがここにかかっているように思われます。鉱山の権益などとは比べ物にならないほどの何か大きなものが。」一同大きくうなずく。

 結局会議は彼の意見でまとまる。「それでは結論だ。わがフランスとしては、地中海上のこの拠点を死守することとする。この空域の戦略空軍の警戒レベルは、とりあえずレベル2に引き上げる。そして作戦上の必要が生じた場合、現地司令官の判断でレベル1に引き上げることをあらかじめ許可しておくこととする。」

「レベル1への移行許可・・。まあ航空作戦において、すでにわが国は事実上アメリカと事実上の交戦状態に入ったということですな。あるいはこの航空戦は、わが国の名誉と命運を賭けた歴史的なものとなるかもしれません。」出席者たちの顔には、不安や緊張よりもむしろ歴史的な戦いへの高揚感が感じられ、それが音楽で表現される。

「私が現地に飛んで、航空作戦の陣頭指揮をとります。」ドビルパンが立ち上がる。


レジスタンスたちの会合
 フランスの落ち着いた田園風景。やや小振りだがそれなりに風格のある古いシャトーに、レジスタンスたちが何人か集まっている。(この場面は、帝国が勝利した場合にどういうことになるかを解説するためのもの。ただし会話はまだ未整理なスケッチの段階に過ぎず、その断片を示す。)

・「今回の一件に関して、われわれレジスタンスがどう行動すべきかは、各勢力の間でも意見はまちまちだ。われわれはフランス人の意地として、今までもアメリカの力に抵抗してきたが、どちらかと言えばわれわれの相手は、世界は一つと唱えて無遠慮に国境線を無視して侵入し、国の内部を食い荒らすオーバーロード親衛隊の側だった。
 ところが今回メインになって事を進めているのは、アメリカの中でも国防軍サイドだ。それに、東部のパルチザンと西部戦線のレジスタンスは異質の存在で、別に共闘しているわけではないから、二重に判断が難しい。そこでこうして情報交換のために会合をもったわけだ。」

「まあアメリカ軍内部でも国防軍と親衛隊の関係はそう一枚岩というわけじゃない。ちょうどナチスドイツ軍内部で国防軍と親衛隊がぎくしゃくしていたようなものだ。ところで私の立場はちょうど君等とは逆でね。今までもっぱらアメリカの国防軍サイドと張り合ってきた。そこで、君等は親衛隊の脅威というものをどう捉えているのか、まずそのあたりから聞いておきたいんだが。」政府軍のエリート将校らしい人物が言う。

「わかった」とレジスタンスの一人が、昔のポータブル・テレビのような機械をどんとテーブルの上に置く。「まあこいつが何かは、陸軍にいた者なら誰でも知ってるだろう。IFF、別名、神の眼のディスプレイだ。一昔前の戦車の無線手の席には大きな無線機が置かれて、上からの統制で動いていた。今ではそこにはこいつが置かれるようになって、どこの誰と戦えばいいかの情報を空から送ってきてくれる。そのために各戦車は個々に行動できるようになったが、逆にこいつに盲従するようになってきている。」

「で、その普及を世界的に推進しているのが親衛隊だ。まあ親衛隊はアメリカと完全にイコールじゃないんだが、アメリカと国防軍がこの新帝国のヨリシロを提供していることは確かだ。そしてこいつは、今までの国家というものの絆を内部から破壊することに大きな効果がある。」

「それはフランスにいてもわかる。とにかく良くも悪くも地上にある人間の絆というものが消えて、こいつの空からの指示に盲従するむき出しの弱肉強食の世の中だ。それで仕上げに帝国空軍は空からユーフォライド麻薬を散布して、人々はそれに立ち向かう気力を忘れようとしている。」・・・

(以下、この部分では、そしてコラプサーに陥った未来の戦慄すべき状況などが語られる。詳細は省略。そして結論は大体次のような形になる。)

・「まあ考えてみると、今まで親衛隊の浸透は、脅威として認識しにくい面があった。だが今回、表看板の国防軍が世界制覇に動き出したことで、大衆がはじめてアメリカを一つの帝国の脅威として認識するようになったんだ。これは大きい。」

「だがこれは危機でもある。今までパルチザンはアメリカにとって最も苦手な相手で、それが彼らの世界制覇の最大の障害であることは世界全体の常識だった。だがもし今回、本当に奴等の最新兵器によって、ついにパルチザンすら空から完全制圧でき、その避難所が地球上から消失したことが示されたとすればどうなる?その時は、この新帝国に逆らおうという意志そのものが人類社会から消滅してしまうかもしれない。後は人類はただこの新帝国の従順な奴隷や家畜として、それが提供する阿片の中で眠りこけるだけになるだろう・・・。これは事実上、世界史の終焉だ。その決定的な瞬間が、驚くほど近くに迫っているかもしれないわけだよ。」

「ひょっとすると、われわれは今までで一番恐ろしい話を聞かされたのかもしらんな。何だかその話の後では、ナチスの恐怖さえちょっと色あせて聞こえる。フランス人としてはあるまじき感想かもわからんが。
 要するに、今回の国防軍の行動は、結果的に親衛隊に対する抵抗運動をも精神的な面で絶望的に困難にする危険をはらんだもので、世界全体にとって重大な脅威になるかもしれないというわけか。わかった。何となく感じていたことが、明確に言葉になったようだ。」

(この部分はフランスあたりで作るなら、かなり突っ込んだ内容も可能かもしれない。)

米側の航空作戦の決定
 米軍首脳の会議。「さて残念なことに、地中海の空の情勢は、事前の予想と大きく異なって難しいものとなった。そのため東部での作戦発動に先立って、まず西方で制空権確保のための航空作戦が必要となってしまっている。そこでわれわれの航空作戦をどう進めるかだが、二通りの戦略がある。」チェイニーが壁の大きなチャートの前で話す。(パウエルはこの場にいない。)

「一つは、東部での地上作戦の開始前に、まず地中海の絶対的な制空権を確保しておく戦略だ。この場合には開戦に先立って、まず航空戦力を一まとめに集中して地中海の抵抗勢力を空から徹底的に一掃し、空が完全に安全になった後で東部の陸上作戦を開始することになる。」そして次にもう一つのチャートを示す。

「もう一つは限定的な方法、つまり積極的に地中海全域の制空権をとることは諦め、地上作戦の全期間にわたって、航空戦力を地上部隊の上の傘として消極的に用いるやり方だ。この場合、航空部隊は移動中の地上部隊の上空に常時滞空させ、もっぱらその上だけの防空に専念することになる。このいずれを採るかを決定せねばならない。」

 ウォルフォウィッツが発言する。「われわれとしても、当初は最初の策を採るつもりでいました。ですがこのところの情勢を見る限りでは、抵抗が意外に強く、完全な制空権を確保できるかどうかは疑問で、たとえ可能だったとしても、相当な時間がかかることを覚悟せねばなりません。」

「つまり方針転換を行って、後者を採るしかないというのが、皆の意見か?」一同うなずく。「基本的な力関係の点でも、相対的に見ればここでは空よりも陸でわれわれの強みがあります。つまり戦略陸軍の力を前面に出して、航空戦力はあくまでもその支援というスタンスは、基本的に正しいと思います。」

 彼は立ち上がって地図を示す。「要は地上部隊の移転ルートに全部空軍力の傘をさせるかどうかですが、戦略陸軍の移動ルートのほとんどは事実上、半ばわが国の領土と言ってもよく、外国の戦術空軍が威力を及ぼすことはできません。わが国内部の戦術空軍に関しては「スカイフォックス」航空団がよく掌握しているので、移動は安全です。」

 しかし別の参謀が立ち上がる。「しかし沿岸部の移動ルートに航空戦力を集中してしまうとなると、地中海の真中にある問題のこの拠点に対しては十分な航空戦力を向けられないことになります。ここを陥とす算段も考えないと。それも、陸軍力を主体としてそれを行う戦略が必要です。」

 ウォルフォウィッツがそれに答えて、「まあとりあえず、西地中海にある複数個の航空拠点を総動員して、U5拠点を空から封鎖していきます。」
「しかし現在西地中海にある航空拠点は、エンパイア・ステート攻撃の反撃の時に確保したものがあるだけだ。それだけでは封鎖といっても西からのルートに壁を作れるだけで、ちょっと東を迂回されたら航続距離外で、そのルートはがら空きだ。」

 しかしウォルフォウィッツは地図を前に続ける。「それに関しては、やはり地上作戦の終了後の報復をちらつかせる戦略が有用かと思います。つまり地上軍の作戦が成功して中東の中心に航空基地が確保されれば、そこからの作戦機によって、東からのルートが塞がれます。そしてその時には西方の拠点も強化されているでしょうから、U5拠点は東西から包囲されることになり、彼らは袋のネズミになります。」地図上で拠点は東西から挟撃される。

            図2
「さらに、東のルートが空いていても、西からの海と空のルートが事実上塞がれるとなれば、拠点への補給は1/3程度に細ることなり、ここから連日出撃する航空戦力にとっても、少なくとも精神的に相当にきつくなります。そうやって心理的に圧迫をかけていけば、自発的な撤退を誘うことは可能だと思います。」
「よし、それで行こう。」一同立ち上がる。


海軍部隊のぼやき
 ヨーロッパの海軍艦艇のブリッジ。艦長が海図を前にぼやいている。
「全くアメリカの連中、無茶苦茶だ。海のルールをここまで反故にするとは。ルール通りなら他の国の全海軍を敵に回してもいいような状況だぞ。」
「ええ。もし外で本格的な海戦をやらせてくれるなら、今なら米海軍は負けるかもしれませんよ。」

「ところがわれわれの活動は今回はカルデラの外までだ。」ここで拠点の地図が写る。U5拠点は、直径数十キロの巨大なカルデラ湖の中に複数の島がある状態。「そこで物資を降ろして配分は陸軍に委ねてその後は、はい、さようなら、か。いくら燃料や物資を運んでも、中で孤立してる島に自由に送り届けるわけにはいかないとはね。これじゃ外で海戦をやっても意味がない。」

「そうですね。おまけに米陸軍の移動ルートも補給線も、全部内陸の戦略鉄道を通ってて、われわれ海軍には手が出せません。」
「われわれ海軍は無力なお飾りか。ここまでカヤの外に置かれるとは、なめられたもんだよ。でも連中、作戦が終わった後に占領地で必要になるはずの膨大な補給も、海上ルートに頼らずに陸路でやるつもりなのかな?だとしたら無計画もいいところだぞ。」


フランス空軍の戦い
 フランス機の大編隊が密集体形で飛んでいる。次のカットは地中海の前線指揮所。ドビルパンが地図テーブルの前で指示を出す。「今回はともかく防空が主目的だ。深追いはするな。連中の航続距離ぎりぎりのところで交戦し、追い払うことをなるたけ繰り返すんだ。」

 コックピット。望遠スコープを覗いていた観測員が報告する。「間もなく射程距離です。」「射撃用意!」各機の上部の砲塔が一斉にゆっくり旋回する。

「撃て!」砲塔がドン!・・ドン!・・・と火を噴きはじめる。空中砲撃戦の描写。次の場面では編隊の付近で相手の砲弾が次々炸裂して、空に黒い煙の花を咲かせていく。それがしばらく続く。

「奴等は旋回して離れていきます。弾か燃料か、どっちかが限界に達したようです。」「ようし。撃ち方やめ。損傷した機体を援護しながら帰投する。」
「損害自体は軽かったですが、果たしてわが国一国で今後ずっと燃料弾薬の補給が続きますかね?」


英軍空輸部隊の出撃
 地中海の飛行場に英空軍の国籍マーク(蛇の目模様)をつけた飛行機がずらりと並んでいる。飛行機はややくたびれた双発プロペラ機で、サンドイエローの地中海塗装。
 その前で、口鬚をはやした如何にもジョンブルの好人物らしい英空軍の将校が、一同を前に訓示している。彼の服装も、地中海戦域っぽい。

「諸君、われわれ英国の戦術空軍は、今回政府の戦略空軍とは袂を分かって行動することになった。まあ政府の戦略空軍に弓引くのはむしろわれわれ戦術空軍の伝統だ。しかしともかく、アメリカとわがイギリスの戦略空軍は今日から空ではわれわれの敵だということになる。」そして彼は地図を示す。

「今回の作戦目的の主体は、アメリカの地上軍に対する爆撃ではない。相手側は地上軍の移動ルート上空をしっかり固める徹底的な防御体制をとっており、そこへの直接爆撃は最初からあまり効果を期待できないからだ。」

 そして彼の指は地図の上を移動する。「むしろそれよりも、地中海にフランス軍が現在維持しているこの海上拠点に、空から補給を行なう方が、遥かに効果が大きい。ただしわれわれ戦術空軍は、ここへの着陸は許されていないので、パラシュートによる物資投下が主体となる。われわれが現在動員できるのは、大半は足の短いおんぼろの双発機だが、各地のレジスタンスが地上に戦術機用の基地を確保してくれるから、作戦は十分可能だ。まあ基地って言ったってただの空き地だがね。」一同笑う。

 彼は言葉を切り、「今回はドイツもフランスの支援に回っている。かつて栄光のバトル・オブ・ブリテンを戦ったRAF(英空軍)としては、こういう形で今回の情勢にかかわることになるのは如何にも残念だ。しかしできるだけのことはやろう。」

 埃っぽい飛行場の上で、全機のプロペラが一斉に回り始める。滑走路付近では地上誘導員などのグラウンド・クルーが走り回って作業している。グラウンド・クルーの中には若い娘も混じっていていて、離陸していく機にサインを送って、この場面に華を添えている。(この状況は、当時英国では政権の態度とは対照的に、英国のジャーナリズムがこの戦争に批判的であったことを表現。)

 離陸する輸送機のコックピット。「今回はIFFのスイッチは切れ。密集体形で飛ぶから必要ない。」との無線が入る。機長は「了解」と返事してスイッチを切り、IFF画面が暗くなる。


大空輸作戦
 地中海の上空を、英空軍のマークをつけたプロペラ機の大編隊が飛んでいる。機内の航法席。チャートの上に線が引かれている。「米空軍の有効到達半径はこのラインだ。東からの迂回ルートだと、それにはひっかからない。」

 島の丘の上。静かな晴れた空。やがて轟音が響いてきて大編隊が島の上空に姿を現わす。コックピット。「投下地点まであと30秒!」

 そして輸送機から物資が投下され、空に一斉に大量のパラシュートの花が咲く。それが空を覆い尽くす壮麗な光景。(この場面、場所が地中海の島ということもあって、絵としては何となく1941年のクレタ島空挺作戦を連想させるものに。)

 米空軍の前線指揮所。「畜生。相当の物資が空輸されたらしいな。東を迂回するルートを採られたんじゃ阻止できない。」「しかし所詮レジスタンスなんかに依存してる作戦です。経験上から見る限り、そんなものはたかが知れてますよ。」

「いや、さすがにこれだけの量になると、そう馬鹿にしていいようなものじゃない。それにもともとこの封鎖は、フランスの連中に心理的な圧迫を与えることが最大の目的だったんだ。この有様だと、逆に連中に精神的な支えを与えかねない。だとすれば拠点封鎖作戦は裏目に出ることになるぞ。」
「息切れを誘いにくくなったとなると、この邪魔なスズメどもを手前で追い散らす算段が必要です。作戦機をもっと広範囲に展開させないと。」
「だとすれば、正面の航空戦力はますます分散させられてしまう。厄介なことになったな。」


親衛隊の困惑
 米国で、親衛隊の将校が戦略地図を前に心配している。「国防軍の連中、爆撃機を南に全部持っていっちまって、他の空域ががら空きだ。特にロシアにいる帝国側の勢力は、西側の航空支援に頼ることが基本方針だったんだ。今、地上からロシア政府軍に攻められたらひとたまりもないぞ。まあもともと上等な連中じゃないし、単なる同盟相手で親友というわけじゃないが。ロシアの現政権はこの絶好の機会を見逃すほど甘い連中か?」地図のロシアの部分が写る。(ロシア国内の帝国側友軍とは、マフィアと結び付いた新興財閥と、その長であるベレゾフスキーのこと。)


ロシアの独立回復作戦
 雪の舞い始める空の下で、ロシア地上軍の指揮官が部下の前で訓示する。「この2か月ほどが、神がロシアに与えたチャンスだ。西側の空軍は中東・地中海方面に出払って、ロシアにはやって来ない。この隙に、帝国派の拠点となっている国内の全空軍基地を地上から制圧し、独立を回復するのだ。そして帝国派をロシアから追い出し、奴等に乗っ取られていた国内の全鉱山を掌握して、新制ロシアの策源とするのだ。」
 将兵は「ウラー!」と歓声を上げ、戦車のハッチの中に消えていく。「前進!」戦車群は雪の上を重々しく動き出す。(戦車は小さな転輪が多数くっついた重戦車)


 米国の作戦室。「ロシア国内で、政府軍が航空基地への包囲攻撃を始めました。このまま黙って見ているわけには行きませんが。」
 しかし他の一同は「黙って見ていられない?主作戦の準備で忙しい今、ロシアに介入せよというのか?」と機嫌が悪い。
「ですがロシア国内にはわれわれと同盟関係にある野戦師団がいます。彼らのロシアでの生存は基本的にはわれわれの航空支援に依存していますから、この航空基地が陥落すれば、彼らは危機的状況に陥りますよ。」

 パールは渋い顔で「だがロシア政府は、東部戦域にある航空基地に関しては、依然われわれの使用を許可している。これはアフガニスタンへの「懲罰作戦」以来、東部での最も重要な前進基地だ。数か月も前からこの基地なしでは、われわれは東部での作戦はできない状況になっとるんだ。」と地図を指差す。「それじゃ何もせずに見過ごすんですか?」

 チェイニーが後を引き取る。「とにかくこの東部の航空基地を今、失うわけにはいかない。そしてこの基地はロシア政府軍が気を変えればたちまち使用不能になる代物だ。もしこの基地が使用不能となれば、東部戦線でわれわれは孤立して、無論今回の作戦も不可能になる。だから今、ロシア政府軍を表立って敵に回すことはできない。放っておくんだ。」


ベレゾフスキーの脱出
 吹雪の舞うロシアの空軍基地。滑走路の上にベレゾフスキーが立っており、輸送機がこちらにタキシングしてくる。
「急いでください。あれが最後の飛行機です。」(飛行機はジェット旅客機ではなく、如何にも重々しいアントノフのプロペラ輸送機。何となくスターリングラードを脱出するドイツ空軍の輸送機を思わせる。)

 輸送機の側面ドアが開き、ベレゾフスキーは吹雪の舞う巨大な空軍基地を振り返る。
「この滑走路はアメリカからの爆撃機で埋め尽くされるはずだった。戦車だけでこの基地を攻めるなんて不可能なはずだったんだ。それがこんなことになろうとは・・・」
 周囲から砲声が聞こえてくる。「もう敵の包囲はすぐそこまで来てます。ここは間もなく陥ちます。どうかお急ぎを。」

 ベレゾフスキーはドアから乗り込む際にもう一度振り返り、「結局ロシアが欲していたのはツァーリだったということか。われわれは如何にきれいごとを並べようと、所詮は汚れた寄生虫にしか過ぎなかったらしいな。ではプーチンのお手並拝見と行くか。」そして「さらばロシアよ!」という声と共に輸送機の扉が閉まる。
 雪の滑走路を離陸する輸送機。
(これは、ベレゾフスキーが配下に収めていたテレビ局「チャンネル6」がついにプーチンの統制下に入り、そしてベレゾフスキーが英国に亡命したことを示す。)


依然撤退しないフランス軍
 米軍の将軍たちが、やや焦燥感にかられながら、地中海の地図を覗き込んでいる。
「とにかく作戦発動までにはフランス軍はこの拠点を明け渡すはずだ。」「しかし今回に限って何でこんなに連中は頑張るんでしょうかね。連中が現地の鉱山に持っている権益というのは、これほど重要なものだったんですか?」
「いや、鉱山の権益と言ったって、これだけのリスクを冒すほどの値打ちはない。もしわれわれの地上軍が中東のど真中に航空基地を確保して、空のルートを東から押さえれば、連中はここに孤立して脱出もままならない。」

「連中はわれわれの作戦が失敗すると確信しているんでしょうか?」「いや、連中にしてみれば一応格好だけでもこれだけ意地を張って見せたんだ。もう十分だろう。フランス人ってやつはいつもそうなんだよ。まあ見ていろ。ぎりぎりの瞬間にきれいに立ち去るはずだから。」そして不安そうにつけ加える。「そうなるはずなんだ。」


 依然として、地中海上で航空戦が続いていることが短いカットで示される。


作戦発動数時間前
 夜明け前の米軍前線指揮所のテントの中。外は強い雨が降っている。将軍たちは時計を眺める。
「作戦発動まであと1時間だ。とうとう地中海のフランス軍は拠点を明け渡さなかった。予想外の事態になったな」「西にトゲを抱えたままで東部戦線の開幕となるわけですか。それは一番避けたかったことですが。」
「だがもう今さら作戦発動は止められん。こうなったらもう、何が何でもバグダッドの先の飛行場を確保し、中東全体の絶対制空権を手にするしかない。」

 地図を前にしたブリーフィング。外ではやや雨が弱まっている。「情報部がつかんだところによると、憎むべき独裁者の居場所と推定されるのは、この15か所だ。午前5時、作戦発動から10分以内に、この15か所全部を潰して、開戦初頭で奴には死んでもらう。」

 夜明け前の丘。雨はどうにか上がる。暗い空をバックに、丘の上に戦車が1両、また1両と頭を出してきて停止し、ずらりと並ぶ。(戦車は、戦術核の中で行動できる特異な格好の戦車。旧ソ連軍の「オビーエクト279」という車両のスタイルを参考に。)
 そして戦車の後ろから、その数倍はあろうかという、自走アトミック・キャノンが頭を出し、その凶々しい姿が黒々としたシルエットで見える。(この場面で作戦規模の巨大さを印象づける。)


作戦発動
 前線部隊。時計の秒読み。「5・4・3・2・1・発射!」V1号に良く似た誘導兵器がランチャーから次々発射される。
 V1号型ミサイルに装着されたロケットブースターが、まばゆい光を放ちながら壮大な煙の後を引き、何発も空を切り裂いていく。(この煙の絵は、湾岸戦争時のMLRS発射の映像を参考に。)「さあ今度こそ砂漠のスターリンの息の根を止めてこいよ。」
「誘導弾、全弾発射完了。」

 次の場面では、前方に大河が横たわっており、対岸にコンクリートの防衛線が広がっている。「これより渡河を開始する。準備砲撃開始!」対岸のコンクリート・トーチカに向けて砲列が火を噴き、戦車部隊が丘を下っていく。そして砲煙の中、潜水キットを装着した戦車が薄暗い空の下で渡河作戦を始める。

 V1号の前線発射管制所で将軍が尋ねる。「着弾の戦果はどうだった?奴をやったか?」「今のところ、どうにも判断できません。前線部隊がろくな抵抗をしていないところを見ると、確かに向こうの指揮統率は寸断されていると思って良いと思います。その意味では成功してるようなんですが、ただバグダッド上空には連中の空軍だけは出動していて、そこを見る限りでは奴が死んだとは断定できないようです。」
「情報部が、奴の居場所は絶対特定できると断言したんだ。これだけの予算を使って情報を集めた末に、もしやり損じていたとすれば責任問題だぞ。」目標が記された壁の地図を前に将軍が言う。


戦車隊の出発
 渡河を終えた戦車部隊。「渡河の損害はほとんどありません。対岸の防備は意外に脆かったようです。」「戦車を一旦この先の丘の上に集結させろ。そこで前進の準備を整える。」空はすでに明るくなっている。空は曇っていて、彼方まで低い雨雲の暗い筋が見えている。

 前方の地表は砂漠ではなく、土漠で丘陵が地平線まで連なっている。地表の色も雨を吸って茶色っぽく、ところどころぬかるんでいて、およそ砂漠という雰囲気ではない。(風景全体に湿気感が強く、砂漠というより、ロシアの平原にも似た広がり感)

「各部隊、前進準備が完了しました。」各戦車は対空識別用に車体後部を大きなオレンジ色の旗で覆っている。オレンジ色の旗の中央には、中に黒い十字が描かれた白丸がある。(これは、ドイツ戦車がバルバロッサ作戦時にエンジン部分に広げていた赤いナチス旗のイメージで。)

「さあポイント・アストラハンに突進だ。前進!」戦車はごうごうと音を立てて動き始める。「ついに東部戦線の開幕か。」丘の上から眺めていた将校がつぶやく。


偵察機の撃墜
 ヨーロッパの戦術空軍に所属する双発偵察機のコックピット。機長が眼下を眺める。「いた。アメリカの地上軍だ。」乾いた地表を、車体後部をオレンジ色の旗で被った戦車が何両も、土煙を上げて前進している。その時、近くで高射砲弾が炸裂する。

「何だ?地上から撃ってきたぞ!」そして少し前方を飛んでいた僚機が爆発して火の玉になる。「うわ!まずい。回避!」機体は急旋回して高射砲弾を避ける。その時、無線から声が聞こえる。「そこは危険だ。諸君はわれわれの長距離砲の射線を横切っている。この空域から退避しろ。誤射の被害をこれ以上出したくない。」

 機長は毒づく。「長距離砲の誤射だと?白々しい!どう見たって高射砲でこっちを狙って撃ってきてるだろうが。」
「アメリカの戦略空軍以外の偵察機は、この空域から追い出したいらしいですね。それにしてもここまで露骨に撃ってくるなんて!」「パラシュートで誰か脱出したのを見たか?」「いえ、全員死亡のようです。畜生!」

(この場面は、バグダッドのホテルにいた西側のジャーナリストが、米戦車の砲撃で死亡した状況を表現。)


進撃
 前進する戦車隊。戦車長がスコープを覗きながら報告する。「抵抗は極めて弱い。間もなく予定のウェイポイント3−5地点に到達。スケジュールより早いので、一応そこで停止する。」スコープの視野映像。「ようし、停止。」
「何だか目標地点までほとんどがら空きみたいだな。こんなところで停止していないで、思い切って突進すれば、あっさりバグダッドまで行けるんじゃないかな?」

 前線指揮所。「各部隊からの報告はほとんど一致しています。目標ポイント・アストラハンまで敵影を見ず。前進を許可されたし。」
「ようし、スケジュールを繰り上げることにはなるが、思い切って行かせてみるか。」

 丘陵地帯を上っていく戦車隊。「目標ポイント・アストラハンに到達。核砲弾の射撃地点を確保。」
 報告を受けた前進指揮所。「何だかいやにあっけなかったな。指揮系統が崩壊してたんだろうか?」「つまり初頭の攻撃がちゃんとヒットしたんでしょうか?」
「さあな、とにかく仕上げだ。アトミック・キャノンをあそこまで運び上げろ。」


核攻撃
 凶々しい印象の、12足歩行機に乗った巨大な昆虫のような自走アトミック・キャノンが丘をのっしのっしと上っていく。(これのデザインは、ナチスドイツの幻の「千トン戦車」などを参考にしても良い。)
 内部のコンソール。「射撃地点に到達。さあ向こうさんの要塞を射程内に入れたぞ。」スクリーンの上に、地図と弾道、そして爆発半径などが表示される。

「今どき、この円内に邪魔っけなモザイク模様がなくて、心置きなく核砲弾をお見舞いできる目標なんて、そうは無いもんだ。戦略陸軍に籍を置いてる者としては、そんな機会を与えられたことだけでも感謝していいぞ。」

 前線指揮所。「発射を許可。」核砲弾の発射シークエンス。
「弾頭を活性化。予備核反応開始。50秒以内に放射線の放出が始まる。装填用意。閉鎖機固定まであと45秒。44・43・・・。」「閉鎖器を固定。装填完了。密封を確認。砲身仰角45度で待機。」そして砲身が上を向く。「発射準備完了。弾頭の反応可能限界は21分後。」

 スクリーン上に目標地点が赤い十字で示される。「目標座標確認。」そして「発射!」という声と共に、砲が火を吐く。発射後の砲身を後ろから捉え、そのまま数秒間が静かに経過する。
 彼方に見える山の山頂付近でぴかりと閃光が光り、そしてキノコ雲が発生してどんどん天に上っていく。

「反撃は一切ありません。」「今の一発で要塞にはかなりのダメージを与えたはずだ。続いて第2射用意。発射!」別のアングルから、再び核砲弾の発射状況が描写される。

「反応はありません。要塞は完全に沈黙したようです。10分後に偵察機が上空に到着します。」「戦車部隊を前進させろ。地上からも調査だ。」

 偵察機からの写真を検討している。「偵察写真を見る限り、戦闘能力は完全に奪ったようです。」「戦車隊より報告。要塞の戦闘能力を完全に破壊。24時間以内に放射線レベルは安全レベルに低下し、内部調査が可能になるとのことです。」
「諸君、やったぞ。どうやら作戦は成功だ。やはり新装備の威力は素晴らしい。これでふもとのバグダッドも全市が戦車砲の射程に収まった。仕上げにかかれ。」

 山頂付近を戦車がゆっくり進んでおり、ふもとに市街地が広がっている状態が俯橄で見える。スコープを覗く戦車長。「ようし。市内の高射砲塔は全部ここから丸見えだ。全部射程内だぞ。さあ端から潰していけ。徹甲弾装填!」
 サイトの十字線が高射砲塔の一つを捉える。「発射!」サイトの中で次々に破壊されていく高射砲塔。

「重高射砲の砲塔は全部潰しました。航空機は市街上空へ進入可能です。」報告を聞いていた指揮所で、将軍が「よし。バグダッド制圧を宣言だ。これほどすんなり行くとは予想外だったな。」「空軍はもう一仕事です。お芝居も含めて。」


米空軍の偽装飛行
 パイロットへのブリーフィング。地図のパネルに飛行コースのトラックが描かれている。「とにかくこのコースにぴったり沿って、低空・低速で飛べ。バグダッド上空は重高射砲は潰したが、まだ民家から小銃を撃ってくる恐れがある。安全なのは確保したこのトラックの上だけだ。絶対にこの外に出るなよ。」

「どのぐらい低速で飛ぶんです?」「ほぼ着陸速度近くまで下げろ。そのぐらいのんびり飛んでると、下からの小銃の射撃が、市民がお祝いに空に向けて空包を撃ってるように見えるんだ。その状況は、近距離からはわが軍の偵察機が撮影し、望遠レンズでなら他国の偵察機にも撮影を許してある。それと、何機かは、しっぽからこの横断幕を曳航してくれ。そうやれば効果は倍増だ。」助手がオレンジ色の横断幕を広げて示す。

「あんたら戦術空軍の前線航空統制官って、いつもこんなことやってるんですか?」と一人があきれたように言うが、「そのわれわれをわざわざ本土から呼び寄せたのは君等の司令官だぞ。今はそういう時代なんだ。君等のところでも時代遅れの人間はすでに首になっていると聞いていたんだがね。」と言い返されて黙りこむ。

「それと、モニュメントの独裁者の石像を破壊する際には、脚を降ろして旋回しながら行なえ。もう戦闘は去ったということをアピールするためにな。」
「だけどそういうテクニックは、前回の作戦でも使ったから、手口はばれてるんじゃありませんか?」「手口を知っていても何度でも空軍には騙されるのが大衆というものだよ。俺たちはそれでずっとやってきている。」(彼らはいわゆる「戦争広告代理店」)


要塞の調査
「調査部隊が要塞の中に入ります。」米軍の将軍が、通信コンパートメントの内部で、無線で報告を受けている。無線の向こう側は、破壊した要塞内部を占拠・調査するための部隊指揮官である。
「中はどうだ?」「もぬけの空です。人っ子一人いません。死体もありません。守備隊は事前に脱出していたようです。」

「化学兵器はどうだ?あったか?」「いえ、少なくとも今のところ発見できません。弾頭に搭載できるAクラスの戦略級の化学兵器に関しては、存在していたという痕跡もありません。それらしい箱があったので開けて見たら、中身は小麦粉でした。」
 脇で参謀が「そりゃそうだろう。例の長距離ミサイルのサイロも、行って見たらちっぽけな穴があっただけなんだから。」と自嘲的につぶやく。

「だが戦術級のB級やゲリラ戦用のC級のやつぐらいはあるだろう?ブービートラップに詰めるようなやつもだ。そういったものを連中が持ってたことは、戦前にも確認ずみだぞ。」「いえ、そういったものも全くここにはないんです。それだけじゃありません。」「一体どうした?」

「弾頭本体ばかりじゃなく、補助装備も消えてるんです。ラックの中に当然あるはずのガスマスクが、何故か一つもありません。他にも、ガス弾を詰められるグレネード・ランチャーはじめ、とにかく歩兵が簡易化学攻撃をやるための装備一式が全部消えてるんです。」

「守備隊が脱出に際して持ち逃げしたということか?」「いえ、そういう雰囲気ではないんです。どう言ったらいいのか、ラックがどれもきれいにがらんと空いていて、とにかく混乱の跡がなく、何か整然と持ち去られたという感じなんです。個人的な印象なんですが、開戦前の時点で、すでに誰かの命令で残らず計画的にどこかへ運び出されていたとしか思えません。」

 将軍は部下と顔を見合わせる。「要するに最初からもぬけの空だったということか?それじゃこのあっけない勝利も、別にわれわれが勝ってたわけじゃなかったのか・・。」

 参謀の顔がみるみる険しくなる。「おまけにどうやら奴等の装備は分散されてゲリラ戦用にどこかにまるごと温存されている・・・。何てこった。奴等は最初から焦土作戦をやるつもりだったんだ。こいつはえらいことになったぞ・・・。」

 その時、別の士官が部屋に飛び込んでくる。「ラジオが徹底交戦を呼び掛けるメッセージを流してます。今そちらへ流します。」フセインの声が響く。「砂漠のスターリンの、どうやら肉声です。内容から考えて、開戦前の録音じゃないですね。要するに奴は今でも生きているということです。」

「結局開戦初頭で奴を仕留めるという作戦も失敗していたのか。情報部め、どじを踏みやがって。あれだけの予算を使って居所を掴んだと大口叩いた揚げ句、蓋を開けてみれば奴に裏をかかれていたわけだからな。とにかくこれでもう焦土作戦は動き始めた。」

「焦土作戦・・・。現地の自国民の民衆にも地獄をもたらす非情な作戦です。とにかく早く奴を捕らえないと。」
「無論だ。だがもう手遅れだな。もともとこの作戦自体、奴等に焦土作戦へのキックオフをやらせる余裕を与えず、電撃的に全土を制圧してしまうことが、成功の唯一のキーだったんだ。何しろこの国の成立ち自体が無理を抱えていて、マッチ1本で燃え上がる火薬庫みたいなものだったんだからな。だがもう奴はマッチを擦っちまった。今さら奴を捕らえたところでもう止められないだろう。奴自身にさえも。」

 そして彼は嘆息する。「どうやら作戦は根本的なところですべて失敗だったようだな。バルバロッサ作戦がそうであったように。いや、もしこれからイスラム文明13億人を敵に回しての底なしの泥沼戦に引き込まれるとすれば、それ以上の悪夢か。」

「思えば作戦前に、バグダッドはスターリングラードのようになると不吉な予言をした者がいましたね。当時は一笑に付したものですが、どうもこうなってくるとわかりませんな。われわれはパウルス元帥のドイツ第6軍のような運命をたどるんでしょうか?」

 しかしもう一人の高級将校が「とにかくこうなった以上、感傷に浸っている余裕はありません。パルチザンを正面から制圧する体勢を整えないと。核兵器と化学兵器の非対称戦争になった以上、予備のガスマスクがもっと大量に必要です。」
「それと、情報を得るためには捕虜の尋問が不可欠で、そのための施設が明日からでも必要になります。候補地としては・・・」彼は別の地図を広げて一点を指差す。「・・アブグレイブ。とりあえずここが最適でしょう。」

「わが軍がそんなものに頼らねばならないとはな。将来、歴史家たちがここをナチスの収容所と同列に扱うなんてことにならないよう、祈るばかりだ。われわれは一体どこまで行くのだろう・・・。」将軍が再度嘆息する。


フランス側の述懐
 フランスのエリゼ宮。「地中海の拠点はどうにか死守しました。東部戦線の方も地上軍の前進が止まったとなると、東の航空拠点から空のルートを閉ざされる恐れも、まあなくなったと思っていいでしょう。危険は去ったわけです。」
「でもついに東部戦線の開戦自体は止められませんでしたね。これがわれわれの力の限界でしょうか?」

「だがこの航空戦の意義は大きい。何と言ってもこれによって、この愚かな侵攻作戦が国際社会の総意で行なわれたものではないという形になったのだ。つまり世界全体が帝政に移行することに対して、文明社会が少なくともここでノンを突き付けたことを、歴史に対して主張できたのだ。これは胸を張って言えることじゃないかな。」

「そうですね。ですが力の差を考えると、まだ帝国の力を押し返した、などと言える状況じゃありませんな。戦略的な意義からする限り、航空決戦とは言ってもその意義はバトル・オブ・ブリテンにも及べなかったようです。東部戦線では戦火はどんどん拡大するでしょうし。まだまだ長く続きそうですね・・・。」

 バグダッド市内をガスマスクを装着して行進する米軍兵士のカット。


アメリカ側の述懐
 米本土の作戦室。親衛隊の将軍が地球儀を前に皮肉っぽく仲間と話している。「国防軍の連中、だから言わんこっちゃない。われわれのやり方でやれば良かったんだ。戦術核なんか使わずに、野戦軍だけで中国との間のハートランドを押さえて、そこを基地とする鉄道網と空軍の力を世界に及ぼしていけば、それだけで世界をその足元にひざまずかせることができるんだから。」
「全くです。焦らずに目立たずやっていれば、よほどやりやすかったのに。今回の件で、世界は国防軍に初めて疑惑の目を向けて、それを危険視するようになりました。それがわれわれに及んでこなければ良いですが。」

 しかしもう一人は肩をすくめ、「ま、陽動作戦の駒には事欠かないよ。こうなったら同じ戦術核兵器をもつ者同士、中国の国防軍にでも派手に動いてデモンストレーションをやってもらえばいい。その影に隠れて向こうの親衛隊と手を結んで共同作戦が出来れば、それに対抗できる勢力はこの地上には存在しない。」「ええ。少なくともその力に対抗できるものはまだ姿を現してはいませんからね。」


 雪の舞うクレムリン。戦車が旗を翻して行進している。「これで国内の鉱山のほとんどは、わが国政府の支配下に収まった。独立回復のパレードはもっと大々的にやりたいところだが。」「さすがに西側の偵察機をあまり刺激できませんからね。しかしこれでわが国は再び国際舞台に立てるようになりました。」


 一方、国防軍内部で戦争突入阻止に奔走してきたパウエルが落胆と共に語る。
「地中海の制空権をとることはできず、東部戦線は焦土作戦の泥沼に陥った。予想しうる最悪の状況だ。おまけにこの隙を捉えてロシアが息を吹き返すというおまけまでついた。」
「ですがわが国はまだまだ強大です。東部戦線が泥沼になったとしても、それで国が滅びるということにはなりません。まだ十分に取り返せますよ。」

「だがこれまでとは一つ、決定的に違うことがある。地中海側の航空拠点をとれない状態のまま侵攻作戦に突入したことで、われわれは合衆国史上初めて、正式に国際秩序を踏みにじって侵略戦争を起こした国家だという既成事実を作ってしまったのだ。もはやわが国は正義の国家としての地位を失った。この最悪の瞬間に居合わせたことで、私は歴史に残ってしまうのかな・・・。」

 沈黙の後、幕僚の一人が思い出したようにぽつりと言う。「ところで私の弟がカナダへ移住するそうです。私は反対したんですが・・・。彼曰く、アメリカはもはや帝政に移行した。ならばそれに反抗することこそ最もアメリカ人らしい行動だと。でも彼は閣下のことは尊敬していましたよ・・・。」
「いずれにせよ、もう行くところまで行くしかないだろうな。この第四次世界大戦は・・・。」

 そして地中海を飛ぶフランス機の映像をバックに、エンディング。
 

 
 (なお、このイラク侵攻作戦の名称は、このシナリオでは未定である。以前にイラク戦争が起こる前、準四次大戦史でアフガニスタン侵攻作戦に「スーパーノヴァ作戦」の名を与えていたことがあるが、ここではアフガニスタン侵攻作戦はむしろ第二次大戦におけるユーゴ侵攻作戦に対応させて「懲罰作戦」と呼んでいるため、その名をこっちへ持ってきても良いかもしれない。しかしもっと他に戦史として残すのにふさわしい良い名称があれば、そちらを採用したい。できれば「バルバロッサ作戦」に負けないほどの印象的なものが欲しいのだが。)

 




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