一極集中を阻止する武器としての「社会学的温度」という概念

※2003年7月日例会における講義を編集したものです。

 さてこのところ何回かは、とにかく20年以内に次の社会の設計図を書き上げよう
という主題のもとで、そのための議論を行っていますが、ここで話すこともやはりそ
のパーツの一つで、社会の縮退を防ぐためのツールの一つとして、恐らくこれも将来、
何らかの形でかなり重要な役割を果たすことになるはずです。
 その内容は「社会学的温度とその均衡」という主題であり、そのバランスが崩れて
そこに一種のコラプサー状態が生じると、社会の縮退が加速されるということです。

 これは身近なことに関しても良く見られることで、例えば都市への一極集中化、逆
に言えば農村の過疎化などの問題に端的に現れることです。 農村が過疎化するのは
なぜかと言うのは、普通経済的な理由ばかりが取り上げられます。確かにそれは大き
い要因なんですが、経済的要因だけではやっぱり過疎化というのは説明できない部分
があるんですよね。
 一種、なんていうかな、農村というのは行ってみると寂しくて寒々とした感じがあ
る。都会に行くとすごく熱い感じがあるのに対して、いかにも田舎というのはこう、
心情的にすごく寒くなってしまう。そのさみしさに耐えられなくて、人は結局田舎に
居着かずに戻って来ちゃうっていうところがあるんですよね。 
     
 それが経済的な富の(偏向)偏在とはもう一つ別の独立の要素として、いわば「社
会学的温度」という概念がここに存在し、そして人間は基本的に社会学的温度の高い
ところへ行きたがる性質をもっているため、経済だけでは過疎化を止めることができ
ないというのが、ここでの基本的な主張です。
 これは全国に点在するテーマパークなんかについても言えまして、その世界では東
京ディズニーランドの温度だけが異常に高くなっちゃってるわけですよね。あれは金
が儲かる云々というよりも、やっぱりその社会学的温度の高さを求めて人はそこに集
まって来る訳ですから、結局他のテーマパークが全部寂れてしまったというのは、そ
こら辺に大きい原因がある。だからこの「社会学的温度」という概念をその基本原理
から改めて理論化しておくってことは非常に大事だと思うわけです。
 そして一極集中化をどうすることもできなくなった状態が、いわば「温度コラプサー
」状態ですが、これは数学的に見ると生態系の縮退やコラプサー化と良く似ていて、
作用マトリックスn乗理論を使えば、それが指数関数的な急カーブを描くことは一目
瞭然です。そして逆にそこから考えると、そのメカニズム自体がどこかに正のフィー
ドバックのループを持っており、そしてそれは次のようなメカニズムではあるまいか
と想像できます。

 それは一言で言えば、まず社会学的な高熱源体があると、人々の視線が全部そこに
向かうようになり、そしてその視線が向かうようになったことで、更にその熱源体の
温度上昇が加速されてしまうという現象があると考えるべきだろうということです。
 言ってみれば人間の目そのものが高熱源体を探すシーカーの役目を果たしてるんだ
けれども、逆に人間の視線が捉えた目標を「照らして」暖めてしまい、その相乗効果
が起こるわけです。
 まあ極端なイメージで言えば、人間の目から一種の赤外線ビームみたいなものが出
ていて、それがシーカーと同じ方向を向いていると考えれば、こういうメカニズムが
発生するわけですよね。
 つまり一旦、誰かの目がその高熱源体をロックオンしちゃ
うと、周り中のシーカーがそれを捉えてビームが集まってくるもんですから、その熱
源体の温度それ自体がどんどん上がってそれが際限なく加速されてしまうという、ま
あそれが正のフィードバックを作り出している最大の原因であろうということです。
そこでまずこういうちょっとユニークなモデルでこの現象を切っていってみようとい
うわけです。
 

「高熱源体」の条件

 ではまずその「社会的な高熱源体」ですけれど、その基本的な条件というのは何か
ということで、大体3つぐらいの原則
があると思うんです。
 第1は、質量ないし密度が高いものは温度が高い。要するに都市みたいに大勢人が
集まってる所は大体社会学的温度が高い、ということは言える訳です。
 第2点としては、動いているものの社会学的温度は高い。止まっているものよりも
活発に動いてる方が温度は高いというのは、まあ物理屋なら必ずイメージするところ
で、これも当たり前の理屈として言えると思うんです。
  
 それと第3の条件、これは現在の西欧の社会学の中に投入するとちょっと問題にな
る事だと思うんですけれども、しかし経験的におそらく事実であろうというのは、
「女性の方が男性よりも社会学的温度が高い」ということは経験的に多分言えるんじゃ
ないかと思います。
 それは一人暮しの家庭を見ても解る通り、男性の老人の一人暮しは何となくものす
ごく寒い感じがある。しかし女性のおばあちゃんの一人暮らしというのは、まあそれ
にくらべればそれなりに暖かい雰囲気というものがある訳ですよね。だから停止して
る状態でも女性が1人いると、そこの社会学的温度が上がるというのは、経験的知識
としては否定できないところではないかと思うわけです。
 で、以上の3つの条件から演繹した場合の最大の高熱源体とはどんなものになるか
というと、例えば世界最大の人口をもつ大都市で、史上最大の美人コンテストが開催
されて世界中から選りすぐりの候補者が集められ、誰が一位かでめまぐるしく壮絶な
デッドヒートが繰り広げられて、おまけにその結果が国の命運を左右するようなこと
にでもなろうものなら、もうこれを上回る高熱源体は作りようがないという理屈にな
るわけです(笑)。いや、冗談ごとではありません。
 

温度コラプサーからの脱出手段

 さてそれはともかく、では次にこういう温度コラプサーから脱出するための手段と
はどんなものであるかという話に移りましょう。問題の本質は、人間の視線が高熱源
体の塊にロックオンされてしまってそれを外せなくなることにあるというところまで、
一応メカニズムを詰めることができたわけで、またシーカー自体にそういう基本法則
があるということです。そうなってくると、熱誘導ミサイルなどのロックオンを外す
戦術などをかなりの程度応用することで、その脱出の鍵がみつかる可能性があるとい
う、ちょっと意外な展開になってくるわけですね。

 では早速、現実にシーカーのロックオンを外すにはどういう手段が使われているか
を見てみましょう。まず一番標準的なのは、「フレア」という熱源体を射出して相手
のミサイルのシーカーを惑わせることですが、社会学的に見ると、どうもいつもそん
な都合の良いものを用意できるというわけでもなさそうです。そこでもうちょっと別
の例を見てみましょう。
 映画の話で恐縮ですが、以前に確かロイ・シェイダーが主演していた 『ブルーサ
ンダー』という映画があって、その中にヘリコプターがロサンゼルスの上空で空中戦
をやるというシー
ンがありました。そこでヘリコプターが戦闘機のミサイルに狙われちゃうんですけれ
ども、そのヘリコプターの側はロサンゼルスの地面のところにおりてきまして、大き
な焼き鳥屋の炉の前で静止するんですよね。そしてサイドワインダーミサイルが飛ん
でくる
と、そのシーカーは後ろで高熱を発している焼き鳥屋にロックオンされちゃうわけで
す。それでミサイルが来る寸前にヘリコプターの側がパッと逃げると、ミサイルが焼
き鳥屋に命中して、ロサンゼルスの町に焼き鳥が降り注ぐというシーンがありました。

 要するに、何か今現在ある高熱源体が人間の視線にロックオンされていた場合、移
動して何か別の高熱源体の前に重なるように移動する。それで相手がその背後にある
物に間違ってロックオンしちゃった時にうまく逃げるようにすれば、五分五分でロッ
クオンの対象を別の場所に移すことは、一応できるよう
になる訳ですよね。だからこれは一個、基本戦術としてここでも応用が利くと思うん
です。

 他にもう一つ重要なのは「反射体」という概念でして、まあこれが一番うまく機能
している例はイスラム社会だと思うんですけれども、イスラム社会は人々の視線の関
心を大体、天に向けようというところが割と強いわけです。
 モスクに集まってきて、人が祈りを捧げる訳じゃないですか。そうすると人々の視
線は地上の物体じゃなくて、何か地上以外の物体に向けられている訳ですよね。まあ
別にイスラムの教義では神が天にいるとはなっていませんけれども、とにかく視線が
一旦天に向かっているわけです。
 それでそこに吸収するような物は何もないから、信仰を同じく持ってる人たちにとっ
ては、ちょうど空に大きな反射鏡があるようなものなんですよ。だからそこでどこに
も温度コラプサ−が起こることなく、信徒の上に、空全体からまたその熱が戻ってく
る。
 だから信徒でいる限りは、モスクに集まった人々の視線がまた戻ってくるという現
象を期待できるわけですよね。これも温度コラプサ−を、防ぐための、かなり重要な
戦術のようなものだと考えていいと思います。

 ということはさっきのと組み合わせて考えると、そういう反射体みたいな物が何か
あった時には、ある集中した高熱源体を、何かそっちのほうに移動させて、それとちょ
うど重なるように人々の視線を誘導する。そしてその反射体の位置に視線の方向が安
定してロックオンされた時点で熱源体の集中を解くことで、安定した温度還元状態に
移行して、温度コラプサ−から脱出すればいいということが、戦術として一つ考えら
れる訳ですよね。


米国社会とイスラム社会のそれぞれの対応
 
 ところでアメリカという国は、国内だけを見る限りにおいてはそのことに割とうま
く気を配っていて、何かイベントがある時は必ず後ろに星条旗を置いて、国家の前で
これをやってるんだ、みたいなのが非常に傾向として強いわけですよ。イベントとい
う高熱源体に向けられた視線を星条旗に反射させて、それで空から国民に戻す。そう
いうことを、それなりにうまくやってると思うんです。
 
 ただ問題は、国内においてはこれはうまく行ってるんですけれども国際社会全体を
見ると、世界全体の目をアメリカに向けようとさせているものだから、それで星条旗
に反射したものはアメリカ国民の上にしか入ってこないわけですからね。世界全体の
温度を、アメリカの上の星条旗に向けさせてそれでアメリカの上に落としちゃうわけ
ですから。
 つまり世界全体から見るとこれは温度コラプサ−を巻き起こしてしまっているとい
う、かなりまずい状況にはなっている訳ですよね。
 
 だからアメリカという高熱源体からのロックオンをはずすためには、アメリカ以外
の場所にその熱が行くように、なんらかの策を講ずる必要があるということになりま
す。それは高熱源体を何か別の場所に設定して、それ自体がロックオンを外せるだけ
の強い熱源体になるか、それとも何かうまい反射体を後ろに置くか、そういう戦術を
とることが必要になるだろうと思うわけです。

 アメリカという国はもう質量そのものは大きいわけですから、その質量自体で、さっ
き言った3原則のうちの最初の条件で圧倒的優位にある訳ですからね。だからそうなっ
てくると、別の要素、つまり動いている物の速さ、ないし他の条件でそれに対抗する
以外は、ちょっと方策は考えられないでしょう。その一例としては、無形化戦争とい
う主題によって軍事力以外の戦いを可視化して、それでそういう熱源体を作り出すこ
となどは、戦術としてかなり大事になってくる可能性なしとしません。

 一方イスラムでは温度均衡に関しては他の面でもかなりうまく考えられている訳で
して、さっき言った3原則で分析してみると、(まあこれは西洋で言うと非常に問題
になると思うんですけれども、)その3番目にかなり注目して社会の設計がなされて
います。
 つまり女性がチャドルを被っているというのは熱源体を社会の中で集めないという
配慮だと考えられなくもないというわけです。まず熱源体を社会全体からは隠す。そ
れであんまり女性が集まって一個の巨大な集団を作らないように、家庭に分散させる。
そうやって高熱源体の分散を図る一方で、戦争や商業などの動きの早い部分は低熱源
体たる男性に担当させる、こうして、社会の温度コラプサ−が進行することを防いで
いるという面は否めないと思うんです。

 そしてその非人道性を和らげるため、彼らは社会学的温度の原理を別方向から用い
ています。イスラム住宅というのは、家の中に入ると必ず中庭があって、何だか外見
に比べてとても広い豊かな空間が扉の内側に形成されていますが、要するに彼らは家
の中の社会学的温度を相対的にかなり暖かい状態に保ち、少なくとも外の市場との温
度差が拡大しないように配慮することで、女性が自発的にその中に留まることが苦痛
でないようにするというアプローチを伝統的にとっていたように見受けられるわけで
す。
 これは核家族化した資本主義西欧社会と比較すると、近代核家族社会では家の中の
温度がどんどん下がって外の世界との温度差は拡大するのに任せ、そのかわりに冷蔵
庫化する家からの脱出は奨励するというアプローチをとっており、両者はまさに好対
照をなしています。
 まあこの場合、「社会学的温度の低い場所に人間を縛り付けない」という原則が守
られているかどうかが、両者を公平に見た場合の人道性の基準と言えるのでしょう。


 ところで田舎の過疎の問題に戻りますけれど、まあある意味これは昔の江戸の幕藩
体制を維持する時にも、結構この手が使われたと思うのは、田舎が寂れちゃうのを防
ぐ為に、地方のお城にいた「お姫様」というのは結構馬鹿にならない存在だったんで
すよね。地方の温度が寒くなり過ぎないようにするために、高熱源体としてのお姫様
というものを、地方に分散して置いておく。それによって温度コラプサ−が過剰に進
行することを防いでいた、という面はあるわけです。
 
 だからこれがまあ冗談めかして人道性を無視して言うならば、今の首都圏への人口
の集中を防ぐためには話は単純といえば単純で、要するにこのさい、箱根かどこかに
関所を作りまして、で、グレード2以上の美人は都内に入ってくることまかりならぬ、
という御触れを出してしまえばですねえ、男の子はいずれみんな東京なんかには居着
かなくなる訳ですよ。で、非人道性に関してもまあ最初の三年くらいは、全くその通
りでしょうけれど、ところがこれが三年ぐらいして定着してくると、審査をする係員
が女性に向かって「ハイ、あなた東京入っていいですよ」って言うと、逆に「あんた、
あたしをバカにする気?」と胸ぐらをつかまれるという事になって、皆が自発的に首
都圏へ入っちゃいけないと言うことを自慢するようになるから(笑)、三年ぐらいす
れば、まあ、これは非常に人道的な制度になっていくでしょう。

 まあ今の話は全くの実現性のない冗談としても、現在のイスラムの体制というのは
不合理なように見えても社会学的温度コラプサ−を防ぐための措置というのは結構多
いわけでして、だから例えば女性の社会進出の問題でイスラム側が西洋から非難され
た時に、もしイスラム社会が本当にそれを温度コラプサー阻止の手段として本能的に
捉えていたのだとするならば、彼らはそれは社会安定の根幹をなす重要なものとして
絶対譲れない、と言ってくる可能性というのは高いわけですよね。
 しかし逆に言えば、もしそれが社会学的温度コラプサ−の問題にあるというのであ
れば、両者への仲介の際にこの社会学的温度理論が最大の有効な武器になることは十
分考えられる、という事が一つ、言えると思います。

 それとやはり次の社会の目標が社会全体のコラプサ−化を防ぐと言うことであれば、
その際にはさっき言った3原則とか、ロックオンをはずす技術とか、そういうものを
ちゃんとうまく整備した上で、社会学的温度コラプサ−の発生を防ぐようなメカニズ
ムというのをどこか設計図の中に必ず組み込んでおかなければなりません。

 実際、経済面だけによる配慮で社会の一極集中現象をどうにかしようと思っても、
恐らくそれだけでは不可能で、この社会学的温度の概念を半分ないし1/3までは配
慮して総合的に設計を行わない限り、絶対に挫折してしまうということは、まあ断言
して良いでしょう。
 そのため、(今回は一見冗談っぽい話は多かったですが)、これは意外と社会の根
幹や人間の本能に深く根ざした問題なので、馬鹿にしないで、むしろ非常に重要な物
としてこれから考えていく必要があると思います。