※2003年8月例会講義を編集しました。
この間から設計図シリーズの話をやってるわけですけどもまあ、今日もその設計図シ
リーズの一環です。まあこれはわれわれの世界のための設計図シリーズであると同時
に、テクノウラマー構想のためのパーツとしての意味ももっています。
さて以前にバーミヤンの石窟寺院がタリバンによって破壊された時、その理由が偶
像崇拝を禁じるためという事でした。そんな理由であれほどの芸術作品を破壊したん
だということで、偶像崇拝なんて訳の分からないことを言う、あいつらやっぱ未開人
だという論調が世界の90パーセント以上だったと思うんです。
そもそも偶像崇拝なんて、今更なんでそんなことを言ってんのかと。その偶像崇拝
という言葉すらよくわからないというのがもうほとんどの人の反応じゃないでしょう
か。
ところが実はこれを現代世界に置き換えて、「映像メディアの登場」という新しい
テクノロジーの現実を踏まえてあらためて眺めると、この問題は過去の遺物どころ
か、非常に現代的な意味をもって新しい形で甦ってきてしまう可能性があるんです。
そこで今日はそれに関する話です。
ところでそもそも過去を振り返ってみると、この偶像崇拝を禁止するという話は、も
のすごい古い歴史を持ってるんですよね。
なんと言ってもまずモーゼの十戒の中にある事から見ても分かる通りユダヤ教の教
義にあります。そしてイスラムのコーランの中にあった訳だから、イスラムが支配し
ていた期間はまずその教義があった。それから、カトリックはマリア像とか比較的偶
像を重用するところがあるんですけれども、プロテスタントの教会からはそういうも
のは姿を消している。あれも一種、ソフトな形ではあるけれども偶像崇拝の禁止を
唱ってたものなんですよ。
そうして考えてみますとね、確かに仏教圏とか東洋においてはそれは大して問題に
ならなかったんですが、西洋においては偶像崇拝ということが問題にならなくなった
のはついここ100年か200年の事しかないんであって、それを問題にしない時期
というのは非常に、相対的に見れば少ないんです。
逆に言えば、西洋がそれだけ長い時間この問題を悩んできたというのは、それはそ
れなりに論拠があったと考えるのが正しいのではないか。そういう観点から今日のこ
の話をしていきたいと思います。
現代人の常識から見ると、偶像崇拝の禁止なんてことを行った人間は、大体は一種
の狂信者だったに違いないように見えるんですが、ところが実は歴史を見てみると、
必ずしも百%そうだったわけでもないようです。
たとえばビザンチン帝国(東ローマ帝国)において、レオン三世(675頃〜7
41:在位717〜741)という名君がいました。ビザンチン帝国の皇帝なんての
は結局、部下に殺されちゃう事が多いんですけれども、この人は卑賤の身から成り上
がって最後まで天寿を全うしたという点で、まあ名君中の名君と言っていいと思うん
です。
ビザンチン帝国、今でもあのあたり、ロシア正教会とかそこら辺へ行くと、真っ先
に目につくのはモザイク画の聖像です。これを「イコン」と言いますけれど、ビザン
チン帝国ではイコンというものに対する崇拝の念が非常に強かった。レオン三世はこ
のイコンという聖物を崇拝する事を禁止させようとしたんです。
それは「イコノクラスム(聖像破壊運動)」って呼ばれたんですけども、それがか
なりの時期、荒れ狂ったことがあったんですよね。
レオン三世という人は、当時成立していたイスラム帝国と戦うために相当対外的に
も強硬策を取った人で、まあその意味でも軍事的な名君だったんですよ。まさにその
彼が、そういう事を言い出したのはなぜかと言うことから考えてみると、大体偶像崇
拝を禁止する時というのは、わりと共通した面があるんですよね。
それは、ひとつはまずその国のベースが商業社会であると言う事。それとその商業
社会が、偶像があることによって縮退してしまうかもしれない危険を抱えていた時だ
ということです。
偶像がある状態というのは何か社会の中から活力が奪われていることが多いんです
よね。そのため偶像崇拝を禁止しようとした人たちというのは、おしなべて国の活力
を取り戻させようという意図を抱いてやったことがどうも多かったらしいんです。
それは東洋においても言えまして、インドがムガール帝国の時に、アウラングゼー
ブ帝(在位:1658〜1707)という人がいました。ムガール帝国の体制自体は
イスラム国でしたが、もともとインドのヒンドゥー教の伝統は根強いですから、ヒン
ドゥーとイスラムを混ぜたような文化で、一応イスラム文化圏であったにもかかわら
ず、偶像は街の中、村の中に行けばそこらじゅうにあったわけですよね。
アウラングゼーブ帝は、そういう偶像を禁止して全部片っ端から壊そうとした、そ
ういう君主だったんです。
結局まあ彼の試みは失敗して、彼の死後はまた偶像は元に戻ってしまったんですけ
れども、どうもやっぱりアウラングゼーブ帝もレオン三世と同じように、社会の活力
を取り戻させようとする目的でやったのではないかということが2人の例から推察で
きるんですよね。
それではなぜ当時、偶像というものがそんなに問題になったかというと、ひとつは
やっぱり商業社会に居ますから、金箔を塗って大きな偶像を作っちゃうと、投入した
金(かね)の量だけ偶像が価値を帯びるようになる。要するに、一種のミニスペクタ
クルみたいなものを民衆に提供する事で、民衆をそれに耽溺させちゃうってところが
あるんですよ。
その結果、地域社会の秩序が崩れて人々がそこに参加する事をやめてしまい、偶像
の中だけに世界が縮退しちゃうという現象、まあ言ってみれば一種のオタク化に加え
てそれが金の力で画一的に操られたされたようなものなんですけれども、そういう現
象が起こっていたという事が全般的に共通して言えると思うんです。
それはもう現代に置き換えてみますとね、現代でもそういうものは意外な形で復活
してるんじゃないでしょうか。それは、テレビ映像メディアの作る世界というのが一
種、昔あった偶像と同じ役割を果たしているんではないかということです。
昔から、映像というものにはそういう効果があるんじゃないかということは言われて
まして、メディア論で有名だったマーシャル・マクルーハン(1911〜80)の有
名な言葉で、「ラジオは人を興奮させるけどもテレビは人を冷静にする」っていう言
葉があるんですよ。
テレビで見せてしまうともう人々はその世界の中に入り込んで実社会に出て行こう
としなくなる。だからテレビというものは人々を物凄くおとなしくさせてしまう効果
があるんだということを、マクルーハンが1960年代に指摘していました。
それは我々から見てもまさに偶像崇拝のもたらす効果と物凄く似てる訳ですよね。
それから、これはある種の人々にとってはちょっと衝撃的な意見かもしれません
が、芸能界ばかりでなくスポーツ界も、最近ではそういう色彩を帯びてきて社会の縮
退に一役買っているように思えます。
まあ昔から、スポーツというのは、「やるスポーツ」よりも「見るスポーツ」の方
が主力になってしまうと、必ずしも社会にとって健全なものではなくなってくるとい
うのはある程度言われていることです。典型的な例がローマ帝国で皇帝が主催してコ
ロッセウムで行われるスポーツで、あれは露骨に帝国の支配を容易にするための道具
として利用されています。民衆がスポーツの狭い作り物の小宇宙に熱中していれば、
帝国や歴史を動かそうなどということを考えなくなるというわけです。
それで振り返って現在の日本を見てみると、どうもメディアでスポーツの占める割
合がどんどん大きくなってますよね。あれは、やはり人々を歴史に参加させようとい
う意欲を奪うのに現実にかなり効いてるな、というのは実感としてあるんです。
まあ新聞のコメントだと、どこかの球団が優勝した翌日には必ずと言っていいほど、
これは日本社会に元気を与える、という決まり文句が出てきて、実際過去の一時期に
はそういうこともあったんだと思うんですが、しかしそれはあくまでそれを見ている
人が、よし、自分もこいつらと同じぐらいの元気をもって現実の歴史を動かすことを
考えよう、と思ってくれる場合です。
ところがそれに対して、見ている人が、よし、スポーツというものは何よりもすば
らしい世界だから、俺も下らない現実の政治なんていうことは一切捨てて、スポーツ
の応援だけに元気に一生を捧げよう、と思ってしまったとすれば、その元気は一体最
終的にどこへ行くの、という話になってしまいます。これ、メカニズムの観点からす
ると明らかに縮退現象であることは明らかでしょう。
それが極端な形で現れているのが南米で、実際、2次会なんかではよく話されるこ
となんですけれど、南米諸国はサッカーある限り決して一流国になれない。すべての
人間がもうサッカーにしか興味を持たないから、現実世界で国のために何かやるなん
て事はおよそ価値のないことであって、興味を持たない。全部をサッカーという偶像
が吸収しちゃってるから、南米は絶対発展があり得ないんだという話がよく2次会で
されますけれども、私はこれは事実だと思うんですよ。
これはまさに偶像崇拝と全く同じ現象であることは、論理的に考えると明白でしょ
う。要するに芸能人やスポーツ選手というものは、歴史とは別の場所に生じる一種の
偶像で、本来なら人々の視線や意志は、それを素通りしてその背後の本物の世界を見
ることが期待されているんですが、その偶像自身が本物だと錯覚されることによっ
て、社会の意志を吸収して本来の場所に回らなくなってしまうわけですね。
つまりパターンをこのように抽象化してみた場合、これはシステム論の中でかなり
普遍的な意味をもつ現象であって、一種「偶像縮退」とか何とかいう言葉で数学的に
一般化しても良いほどの話であり、必ずしも宗教の中だけで問題になることではない
ことがわかります。
逆に言えば、昔の商業社会がなぜ偶像崇拝というものをそこまでして禁じてきたの
か。それはやっぱり縮退を防ぎたいという事が最大の目的であって、宗教自体はそれ
をわかりやすくするための一種の名目であったに過ぎないのではないかという仮説に
なってくる訳ですよ。
そうしてみると現代の、例えばサウジアラビアなどでは、外国人の女の子が人形を
持ち込もうとすると、人形というのは人の形を取った一種の偶像ですから、それはま
かりならんということになって空港でそれを壊して捨てちゃうんだそうです。
しかし実際はねえ、メディアというものこそが現代世界の真の偶像になってたんだ
としたら、女の子の人形に目くじらを立てるのはおよそ末端的なことであって、もっ
と大事な問題があるだろうということになりますよね。だからそこら辺がやっぱりイ
スラムの法制度も、何が本質であるかを見誤ってるんじゃないかという気がするんで
すよね。
アフガニスタンみたいな、娯楽がほとんどないところでは確かに我々とは状況が違
うのかも知れませんけども、縮退を防ぐのにバーミヤンの仏像を破壊して、それが何
か役に立つかって言ったら、それは多分効果がないでしょう。だからあれも本筋から
見ればおよそ見当外れの事だとは思うんですよね。
イスラムがなぜ偶像崇拝なんてことを言い立てるのか。西洋からそれを見ると、明
らかにそれはイスラムの後進性の所産であるということで問題を片付けちゃうんです
けども、我々はそうではなくて、それは縮退を防ぐため必要なかなり普遍的な社会学
的意味をもっていたのであって、メディアというものに置き換えるならば現在でもそ
の意味は生きているんだと。そういう論拠によってテクノウラマー構想の際のこの問
題に関するアプローチとなすべきじゃないかと思う訳です。
偶像という言葉でもうひとつ、逆に誤解されてる面がありまして、ヒトラーが映画
などを使って自分を偶像視していた、これは偶像崇拝だって言われる事があるんです
けども、これはどうも症状を見る限りは逆なんですよね。
ビザンチン帝国のイコンという偶像が社会を不活発にしていた場合の話と違って、ド
イツの人々がおとなしくならなかった事から考えると、ヒトラーがやったことはむし
ろ偶像崇拝を禁じた側の行動パターンで分析しないと分からないんですよ。
当時のヒトラーとしては、アメリカ製の娯楽がドイツに入ってきて、それで国が支
配され、拝金主義の退廃から抜け出せなることを一番恐れていた。彼の目からすれ
ば、まずそっちが第一の偶像だったんで、いわばそのライバルとして自分がなりふり
構わず2番目の偶像になることでそれを消そうとしてメディアを総動員し、それが行
き過ぎて凄まじく暴走してしまったんじゃないか。そういう考えがひとつ成り立つ訳
ですよね。
それで、さっきのインドのムガール帝国のアウラングゼーブ帝の話ですけれども、
普段インドの民衆というのは大人しくて、君主が何をやろうとひたすら忍耐、土下座
して耐える。
そういう性質があったからアウラングゼーブ帝も偶像を破壊した時、当然やっぱり
インドの民衆はそういう反応をして唯々諾々とそれに従うだろうと思ったんだそうで
す。ところがインドの歴史上珍しい事に、その時だけは大反乱が起こったと言うんで
すよね。
つまり何の準備もなしにただ偶像だけを破壊しようとすると、いままで偶像の中に
吸収されていた人々のエネルギーが社会の中に向かって来てしまう。だから一気に全
面的に偶像を禁止することでものすごく社会が暴走する危険性というのは、あるらし
いんです。
だからここでもひとつ教訓を得る事ができるだろうと思うのは、やはり偶像崇拝を
禁止する時は、それに変わるような新しい芸術表現の形というものが用意されてない
といけないということなんです。
イスラムは偶像崇拝を禁じましたけれども、そのかわりにタイルのモザイクとか、
それから書道ですね、アラビア文字を図案化して一種の芸術的なものにしていくとい
う、そういう新しい芸術の方向を同時に提供していたからこそ、当時あった偶像とい
うものを破壊してもそれほどの社会の混乱は起きなかった。これがやはりもう一つ大
きい原則のような気がします。
で、現代の世界で、もしそのようにテレビの中の芸能スポーツ界が巨大な偶像と化
して社会と歴史を縮退させてしまっているということが事実だとしたら、どんな対策
があり得るでしょうか。
実はこれはちょっと手前味噌になるかな、という思いもなくはないんですが、
ひょっとして無形化戦争の映像化、ということがそのための一つのツールになりはし
ないだろうか、ということを、ちょっと可能性として考えているんです。
現在のスポーツが「見るだけ」のものになっているため偶像化しやすいのに対し
て、無形化戦争の場合、誰もが将兵としてそこに参加してしまっているわけですか
ら、抽象化してみると明らかにこちらの方が縮退度は低くなっているわけですよね。
そこで現代のテレビの中に生まれてしまった偶像の代替物として無形化戦争の映像
を提出する事で、男達の視線をそこに持ってきて、逆にそこで解放される一部のエネ
ルギーを社会を新しく前進させるエネルギーにもう一回使っていく。そして一石二鳥
の効果を狙うべきではないかと言うのが、まあわたしの考えな訳ですよね。
まあそれはともかく、以上の事を3点ばかり改めて原則としてまとめておくと、ま
ず第1は、偶像崇拝というのは、商業というか貨幣経済というものが発達した世界で
は害になるけれども農村世界ではそれほど害にはならない。
第2に、例えば民衆をおとなしくさせておきたい時にはむしろ偶像崇拝を社会の中
にある程度認めておいたほうがいい、という事です。これは今のテレビの事を考える
と分かると思うんです。テレビを禁止したらもう人々は暴走するってことははっきり
してますよね。だからオウムみたいな変な暴走が起こらないためには、テレビという
娯楽をある程度与えておかないと民衆をコントロールできない。だから、現在におい
てもメディアという偶像崇拝を絶対的に禁止するのは間違いで、我々がこの論理を考
える場合には、縮退しない適正レベルがどこなのかということを新たに見つけなけれ
ばならないということです。
それと3番目は、偶像崇拝を禁止する時にはその代替物となるような新しい芸術表
現が何らかの形で用意されていなければならない。
この3点を十分に頭に置いて、これからの新しいメディア社会というものを設定し
ていくということ、メディアの持つ縮退力とそれを禁止した場合の暴発の危険性の兼
ね合いですね、その適正点をちゃんとうまく設定する事がこれからは大変重要になる
と思います。
質疑応答
A:無形化戦略論に目を向けさせたいのと同時にテレビの力の方もある程度弱めてて
いくということですか?
長沼:まあそうですね。テレビだけの、要するにマスコミの殿上人と化した者だけに
崇拝が向かっちゃう事はやっぱり社会の力を明らかに弱めてるじゃないですか。少な
くとも場末のサラリーマンが、ひとり1人が主人公になれるという可能性を捨ててし
まってる訳ですから、歴史に参加するって言う気概も生まれなければ、何かしようと
いう気概も生まれなくなってしまう。だからその殿上人に対する崇拝を少し弱めると
いうことは絶対に必要なんですよね。
B:昔の日本で縮退が起きた時期というのはあるんですか。
長沼:えーっとね、それはやっぱり信長の比叡山焼き討ちの頃だと思います。まああ
れは、仏像はそのものは昔からあったわけですけども、あの時期に日本が農村社会か
ら商業社会にドッと変化した訳じゃないですか。だからたぶんねえ、あの時金(か
ね)を集めた教団が、なんか金ぴかの仏像作って、信者集めていかがわしい事する、
みたいな話ってのは、相当あったと思いますよそれは。そういうところにまた金が集
まりますから、そういうところの仏像だけはどんどん立派になるという、多分そうい
う現象はあったと思うんです。だから信長はもう、大伽藍といえども焼き払わなけれ
ばならないと、多分思ったんじゃないでしょうかねえ。
だから信長がその後の縮退を防いだっていう面は、やっぱりちょっと否定できない
ような気がしますね。
やっぱり信長は頭がいいですから、商業を広めたからには縮退も広まっちゃうって
事が、もうダイレクトに繋がってたんだと思うんですよ。だから自分が商業を広める
からには、縮退を自分の命をかけて止める義務があると強烈に思っていたと思うんで
すよね。
C:なるほど。
B:信長はすごいですよ。安土城をたいまつで飾って、夜、街道に騎馬武者にたいま
つを持たせて走らせるんですよ。それを天守閣からワイン飲みながら見てるんです
よ。
(笑い声)
長沼:だからそれもさっき言ったヒトラーと同じで、2番目の偶像を提供するという
意識が凄くあったんじゃないでしょうかね。
B:ああ、それで船の観覧式とかして…
長沼:そうそう、それは縮退しないで社会に帰ってくるものじゃないですか。
B:そうするとピッタリ符合しますね、偶像崇拝の代替として信長が偶像を演じてい
たということですね。